最後の王命 2

 カーギルに抱えられながら、傷ついた王が言う。


「クラディウスよ、おまえはひとりでここを脱出してアフロディアの元へ向かえ。


 アフロディアの隊は、すぐそこまで来ているはずだ。


 ここに来させてはならん!


 我々が敵を引きつけ、くい止めている間に、引き返させるんだ。


 今にして思えば……」


 クレオンブロトスの声が、低く落ちる。


「今にして思えば、あのような精神状態で国にひとりで置いておくより、連れて来たほうが安全かと考えたのだが、それは誤りであった。


 このような事態になったのは私の責任だ。


 スパルタが多くの民を失うことになったのも、全て私の責任だ。


 みな、王であるこの私が悪かった。


 クラディウス、おまえにも多くのことでびねばならん。どうか許せよ」


 涙を浮かべ、首を振るクラディウス。


「そんな、そんな、クレオンブロトスさま、私は……


 私のほうこそ、おびしなくてはならないことがたくさんあります」


 クレオンブロトスが小さく笑いながら言う。


「泣くな、馬鹿者……スパルタ戦士がこれしきのことで……


 前にも言ったが、おまえは変に気が優しすぎるところがある。


 もっと図々ずうずうしく……うっ!」


 激しい苦痛がきて、声をとぎらせるクレオンブロトス王。


「王っ!!」


「クレオンブロトスさまっ!!」


 悲痛に叫ぶ兄弟を、手を振って黙らせ、さらに言葉を続ける。


「いいか……クラディウス。


 アフロディアと脱出しても、すぐにスパルタに戻るのは危険だ。


 情勢をよく見極め、慎重に行動せよ。


 他国からも、エウリュポン王家からも、アフロディアを守ってやってくれ。


 頼む!」


 血にまみれた王の手が、そっとクラディウスの肩に置かれる。


 心痛むほど、優しい声。


「おまえなら……おまえなら出来るはずだな、クラディウス。


 アフロディアと共に行くのだ。


 ふたりで必ず、生きのびろ。


 さあ、行け!」


 カーギルは肩を震わせ、目を閉じた。


 (やはり、知っておられたのだな……)


 弟クラディウスの、アフロディア姫に対する気持ち。


 それにクレオンブロトス王が気づいているであろうことを、カーギルは察知していた。


 しかしクラディウスは、じっとうつむいたままである。


「どうした? 早く行け!」


 クレオンブロトスのやや苛立いらだった声に、クラディウスは顔を上げきっぱりと言った。


「申し訳ありません。そのご命令、私には出来ません。


 私はここに、クレオンブロトスさまのもとに残ります。


 クレオンブロトスさまをおまもりします。


 姫さまには、どうか他の者をおつかわしください」


「なにっ?!」


「クラディウスっ!」


 クレオンブロトスとカーギルが同時に叫んだ時、再びテバイ兵が襲いかかってきた。


 またもや激しい乱戦が始まる。


 戦いながらクレオンブロトスが叫ぶ。


「いけっ! クラディウスっ。早く行かんかっ!」


「………」


「きさまっ、聞いているのか?! これは王命だぞ!!」


「………」


「クラディウスっ、行け――っ!!」


 クレオンブロトスの度重たびかさなる呼びかけにも、クラディウスは口を引き結んだまま、テバイ兵と剣を交わし続けている。


「クラディウスっ!!」


 ついにごうを煮やしたカーギルが、思わずクレオンブロトスのそばを離れてクラディウスに駆け寄った。


 それが、致命的な過ちとなろうとは知らずに……


 突然、横合いから、潜んでいた多数のテバイ兵がどっと繰り出してきた。


 ひとりになったクレオンブロトスに、全員で一斉に飛びかかる。


「しまっ……クレオンブロトスさま――――っ!!!」


 カーギルの絶叫。


 剣を振るクレオンブロトスの回りに蝟集いしゅうしたテバイ兵。


 それはまさしく、一頭の獅子に集団で襲いかかる、狼の群れであった。


 その狼の群れの中に、ひときわ大きい熊のような巨漢が怒鳴っている。


「よーし、奴を押さえ込め、黄金獅子きんじしを押さえ込むんだ!


 黄金獅子きんじしは俺がる!!」

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