真実 7

 がく、とアフロディアの両膝が折れた。


 裏切りの、最愛の恋人を見る目は虚ろだった。


 鎖の音をさせながら。ティリオンが首を振る。


「ちが……ちがう! それはちがう!


 姫、ちがいます、信じてください。


 私はそんなことはしていない!」


 クレオンブロトスの声が、冷酷な審判のように響く。


「ちがわない。おまえはアフロディアを利用した」


「ちがう!」


「我が妹の心を手玉てだまにとって王宮に入り込み、情報をフレイウスに送っていた」


「ちがう! そうじゃない!」


「テバイとつるんで私をスパルタから追い出し、平和会議をぶち壊した」


「ちがう、ちが……違う!!」


「父親アテナイ・ストラデゴスから受けた密命みつめいを果たすため、なおもアフロディアを利用するつもりで、ひとりスパルタに残った」


「ちがう――――っ!!!!」


 ティリオンは、裏切られて放心状態の少女にかつての自分を見た。


 祖国アテナイで、信じていた者、愛していた者、すべてに騙されていたと知った時の自分を。


 力を振り絞って叫ぶように言う。


「姫、姫、違います! 私を信じてください!


 私にはそんなつもりはなかった……本当は隠したくなかった!


 でも、アルクメオンの名を知られたら、あなたのそばにはいられないと思った。


 本当の素性すじょうを言って、あなたに嫌われるのが怖かった。


 だから隠しつづけたのです。あなたを……あなたを心から愛していたから!!


 ただそれだけなのです。あなたを利用しようなどとは全く思っていなかった!


 姫、あなたを愛しています! あなたを失いたくなかったのです。


 どうか私を信じて……!」


 愛する少女の心を取り戻そうと、思わず口走ったティリオンが、突然、何かに激しく殴られたように体を大きく震わせ、目を見開いた。


 愛していたから、失いたくなかったから隠した、信じてくれ! と叫ぶ、今の自分の姿……


 それは、ティリオンの剣に倒れ、血だまりから手を差しのべていた父親、テオドリアス・アルクメオンの言葉と姿そのものだった。


 ティリオンの全身から、がくり、と力が抜けた。


 凄まじい喪失感そうしつかんとともに、彼は、自分のやった事の本当の意味を悟った。


 事実以上の、真実。


 あまりにも悲しすぎる、人の愛の真実を。


 (私は……誰よりも私を愛してくれていた父を、斬ってしまったのだ……)


 クレオンブロトスが、カーギルから手渡されたマントで妹の裸の体を優しくくるむ。


「さあ、行こうアフロディア。


 おまえはこんなところにいてはいけない。


 おまえを騙して利用したこの男とアテナイには、後で私が必ず復讐してやるから。


 もう、このことは忘れるようにしなさい」


 兄王に肩を抱かれて立ち、そのまま付き添われて、人形のような動きで去っていく少女。


 ティリオンは絶叫した。


「待って! 待ってくれっ!


 話す、全部話す! だから聞いてくれっ!


 本当の事を話すから――――――――っ!!!!」


 クレオンブロトスが振り向き、凍りつくような視線を向けた。


 部屋中の人間の冷たい凝視ぎょうしを浴びながら、ティリオンは語った。


 6歳の頃の事の発端ほったんから、実の父親テオドリアス・アルクメオンを誤解し、怒りにまかせて斬ったことを……


 自分の犯した許されざる罪の始終を、すべて……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る