第十八章 影の王家

影の王家 1

 クレオンブロトス、カーギル、クラディウスの三人は、王宮内の一室でテーブルを囲んでいた。


 カーギルが言う。


「どうやら、かなり辻褄つじつまがあってまいりましたな。


 ずっと姿を見せない、アテナイ・ストラデゴス。


 わざわざ陸路を取って遅れた、フレイウス率いるアテナイ使節団。


 帰りに見た、フレイウスの不審な行動。


 すべては、あのアテナイ・ストラデゴスの息子が原因だったのです。


 平和会議やテバイの件とは、あの者は関係ないようです」


 クレオンブロトスが皮肉な目をカーギルに向ける。


「何だ、おまえはアテナイ人は信用しないんじゃなかったのか?」


「いくらあの者がアテナイ人でも、あれは嘘ではないでしょう。


 自分の実の父親を殺したことまで、全部吐いたんですからな」


「わからんぞ。


 おまえがいつも言うとおり、アテナイ人はずる賢くて卑怯者で信用できん。


 全部、作り話かもしれん」


 揶揄やゆするようなクレオンブロトスの口調に、カーギルはむくれた。


「クレオンブロトスさまが本当にそう思われるのなら、そうでありましょう」


 クレオンブロトスはため息をついた。


「いや、すまん、私もあれは本当だと思う。


 だが、アテナイ・ストラデゴスは生きているかもしれんぞ。


 人が来て、とどめはさせなかったと言っていたからな」


 父親を斬った青年の美しすぎる顔を思い浮かべ、カーギルは眉を寄せた。


「しかし、我々はともかく、あの者にとっては、父親が死んでいようが生きていようが、立場的には変わりないでしょうな。


 アテナイ人が現職のアテナイ・ストラデゴスなぞに切りつければ、死刑は確実。


 ましてやそれが実父ともなれば、重罪も重罪。


 三度首を落とされても、まだ足りないくらいです。


 追討の任務を帯びたフレイウスが、しつこく追ってくるわけです」


 ここでクラディウスが口をはさんだ。


「それなんですが……


 フレイウスは本当にティリオンを殺すつもりでやって来たのか、私は疑問に思います」


「なぜだ?」


 と、クレオンブロトス。


 クラディウスは首をかしげた。


「私に騙されたフレイウスは、少なくともあの時は、ティリオンが死んだ、と本気で信じたと思います。


 けれども、奴は全く喜びませんでした。それどころか、まるであれは……」


 クラディウスの頭に、蒼白のフレイウスの絶望の表情が、虚ろな瞳が、ありありと思い出される。


「あれはまるで、とても大切な、かけがえのない者を失ってしまった感じ、というか……


 いや……もっと何かこう、神聖しんせいなものを失った、という感じも同時にあって……あれは確か……」


 ふいに彼は、その時の奇妙な感覚のままをあらわせる言葉を思いついて、口にのぼらせた。


「そう、まるであれは、心からの忠誠を捧げた王を失って絶望してしまった、という感じだったんです」


 カーギルがあきれたように首を振った。


「王だと? 何を大袈裟おおげさな事を。


 フレイウスは以前、アルクメオン家にやとわれてティリオンの剣術師範をしていた。


 だから、かつての教え子に対する感傷があっただけだろう。


 いくら軍閥ぐんばつの長とはいえ、アルクメオン家はアテナイの一貴族いちきぞくに過ぎんし、アテナイ人は民主政治とやらで、王はもたん。


 もともと、王を持つという事をしないのだから、我々のようにそんな感情を持てるはずがないのだ」


 クレオンブロトスが、ちかり、と琥珀こはくの目を光らせて言った。


「いや、カーギル、私は、クラディウスの観察にも一理いちりあるのではないかと思うぞ」


「なんですと?」


 クレオンブロトスは、いつもの通り深く思考を働かせるときの癖で、あごに手をあてた。


「アテナイ・ストラデゴスの息子、あいつの吐いた諸々もろもろの事情は、貴重でなかなかおもしろい情報だった。


 それと、これまでのアテナイの奇妙な動きとを考え合わせて、私は一つの仮定に行き当たった。


 もともと私は、アルクメオン家をアテナイのただの一貴族いちきぞくだとは思っておらん。


 一年の任期で再選されるストラデゴス職が、ひとつの家にほとんど独占されているということは、かなり強い統一された力が背後に働いている、と考える。


 アテナイ人は軟弱かもしれんが、馬鹿ではない。


 敗戦で学んだ教訓をもとに、まとまりに欠ける民主政治と折り合いながら、影で、ひとつの家系に強い忠誠心を持ち、その家系を中心に一致団結して戦える軍事組織作りをしているのかもしれん。


 あるいはすでに……」


 クレオンブロトス王は言葉をいったんきり、それから言った。


「すでにアルクメオン家は、アテナイの影の王家、といえるようになっているかもしれん。


 民主政治の裏にいて、いつもは表に現れず、重大な危機にアテナイをまもらねばならない時だけその姿を垣間かいま見せる。


 フレイウスがその一員だとしたら、別の理由でアルクメオン家の嫡子ちゃくし、ティリオンを追ってきた可能性もある。


 血統の維持、とかな。


 影の王たる父親が死んでいれば、父親を殺したあいつ自身は王座につかせられなくても、捕まえて幽閉ゆうへいでもして子供を作らせることはできる。


 また、もし父親が生きていれば、いきさつからいって父親が保護を命じ、あいつに強い忠誠心を持つフレイウスが来た、という場合もあるだろう。


 クラディウスが見たという、あいつの死を信じたフレイウスの絶望の様子は、この場合に一番あてはまるかもしれんな」

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