真実 6

 きっ、として振り向き、アフロディアは叫んだ。


「兄上っ、兄上を見損みそこないましたぞっ!


 何も悪いことをしていない者を、このような目にあわせるとは!!」


「そんなことはどうでもいい!


 アフロディアっ、おまえ、一国の王女が裸で……」


「さあ、このかせを外す鍵を渡してくださいっ、さもないと!」


 兄の言葉の内容は完全に無視して、アフロディアは、腰に紐で吊るしていた銀の短剣を抜いた。


 凄まじい形相で、自分の喉に短剣の切っ先をあてがう。


「さもないと、私もここで死にます!!」


 クレオンブロトスは青ざめた。


 あわてて差しのべられる、兄王の手。


「待てっ、やめろっ、アフロディア!」


「鍵を渡せっ、はやく!」


 そのまま兄妹きょうだいは、同じ琥珀色こはくいろの目でしばらく睨み合った。


 やがて、裸の妹の闖入ちんにゅうのショックから立ち直り、落ち着きを取戻したクレオンブロトスが低く言った。


「こうなったら仕方ない、可哀相だが、全部おまえにも教えてやる。


 だからその剣をおろせ」


「兄上?!」


「剣をおろすんだ、アフロディア。


 おまえが納得のいくようにきちんと説明してやる、と言っているんだ!」


「………」


 短剣の先を喉から離しはしたものの、愛する青年をかばおうと、まだ油断なく身構える妹に、クレオンブロトスは苦々しく問うた。


「アフロディア、おまえはこいつが何者だか知っているのか?」


 兄に隠し事をしていたことをとがめられている、と思ったアフロディアが訴えるように言う。


「ティリオンは確かにアテナイ人だ。


 でも兄上、アテナイ人であることを隠させたのは、私なんだ。


 楽士だと言わせたのも私だ。


 だから、罰するなら私を罰して欲しい!


 ティリオンは悪くないんだ。


 ティルは実は楽士じゃなくて、ただの医者なんだ!」


 クレオンブロトスのわらい声が、冷たく拷問室に響いた。


「ははははははは……、医者?


 ただの医者だと? はははははははははは……


 こいつはそんな生易なまやさしい者ではないわっ!


 アフロディア、おまえは完全に騙されていたのだ」


「え?」


 クレオンブロトスは、ティリオンを鋭く指さした。


 怒りに満ちた声。


「こいつは、宿敵アテナイ軍の長、アテナイ・ストラデゴスの息子だっ!!」


 アフロディアの息が止まった。


 あまりの驚きに、しばらく声がでない。


 唇が開いて閉じ、また開いて出る、音。


「………嘘だ」


「本当だ、こいつの名前はティリオン・アルクメオン。


 おまえも、ペリクレスのアルクメオン家の名は聞いたことがあるはずだ」


「ペリクレス?!」


 ペリクレスという名が、アフロディアに電撃を走らせた。


 脳裏に、ティリオンと初めて会ったあの村での出来事が浮かぶ。


 あのそばかすの若者は、この村にアテナイの……アルクメオン家のペリクレスがいると言っていた。


 引きつった笑い。


「はははは、馬鹿な。


 ティリオンが、アテナイのアルクメオン家の者?


 そんなとんでもないこと……あるわけない……ははは……


 何かの間違いだ、兄上」


「間違いなどではないわっ、本人にきいてみろっ!!」


 兄に一喝いっかつされ、顔を引きつらせたまま、恐る恐る振り向くアフロディア。


 ぐったりとして目を閉じ、ティリオンは頭を垂れていた。


 だが、気を失っているわけではないことは分かった。


 アフロディアの手がのびて、ティリオンの頬にそっと触れる。


 ティリオンがゆっくりと目を開き、アフロディアを見る。


 絶望の色を浮かべて……


「姫、私は……私は………」


 兄の言葉と恋人の様子に、遠く見えてきた恐ろしい事実に気づきながらも、それを信じたくないアフロディアは必死で微笑む。


「だい……じょうぶ……大丈夫だ、ティリオン。


 兄上は、おまえの事を誤解しておられるだけだ。


 でもひどい誤解だ、そうだな?


 さ、おまえのことをちゃんとお答えしてさしあげろ」


「………」


「ティリオン、おまえは私に、自分はただの医者だと言ったな?


 おまえはただの、アテナイ人の医者だな?」


「………」


「ティリオン、どうした?!


 なぜ、そうだ、と言わない?」


「………」


「ティリオンっ! 答えろっ!!」


「………」


「ティリオンっ!!!!」


 黙ってうなだれた恋人に、アフロディアはついに、最悪の事実をたりに突きつけられた。


 小さく首を振って、あとじさる。


「そんな……そんな……!」


 視線はくうをさまよい、あまりの激しい衝撃に心が対処できていない。


 クレオンブロトスは苦く笑った。


「出来ればおまえには、こんな形で教えたくはなかった。


 でも、これでわかったろう?


 おまえはすっかり騙されていたのだよ。


 こいつがおまえに近づいたのは、おまえに対して好意があったからではない。


 スパルタの王宮内部深くにうまうまと入り込んで、スパルタの内情を探るためだ。


 おまえはずっと利用されていたんだ、可哀相なアフロディア」

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