真実 5

 むちが止まると、ティリオンはかろうじて言った。


「私は……もう……アルクメオンの名は……捨て……たんだ……」


 ティリオンの答えに、クレオンブロトスが大声で笑う。


「捨てた? 捨てただと?!


 こいつは面白い、ハハハハハハハハハハ!!」


 笑いを途切らすと、ティリオンの喉を片手でつかみ、締め上げた。


 ぐううっ、と苦しげに喉が鳴る。


「捨てようとして捨てられるような名前かっ、馬鹿者が!!


 私をなめるなよっ!!」


 ティリオンが気絶する前に喉から手を離し、ふうっ、とひとつ息をついて言う。


「ようし、では別のことをきこう。


 百歩譲ひゃっぽゆずって、最初におまえが言ったとおり、おまえはアテナイから逃げてきて、フレイウスはおまえを追ってきたのだとしよう。


 なぜ逃げたのか? おまえはなぜ逃げてフレイウスに追われていたのか、言ってみろ」


「………」


「言えないのだろうが、え? そんなことは嘘だからだ。


 フレイウスはおまえと連絡をとり、密命みつめいを遂行するおまえを手助けするためにスパルタ市周辺をうろついていた。


 そうだろうがっ!」

 

 ティリオンの口許くちもとが皮肉っぽく歪んだ。


「違う……フレイウスと……私は……もはや……敵どうし……


 奴は……私を……殺すつもりだし……私は、奴を……憎んでいる……」


「敵どうし? 憎んでいる?」


「……そうだ……奴は、私……を騙し……裏切った。


 私は、奴を……許せない。私を裏切った……奴が、憎い。


 だから……そう簡単に……捕まって、殺されてやる……ものか……」


「フレイウスが憎い、許せない? 簡単に殺されてやらない、だと?」


「……ああ……そうだ」


 触れられたくない事実を避けたティリオンの感情的な答えは、クレオンブロトスを混乱させるばかりである。


「??? ?


 そんなにおまえに憎まれるほど、フレイウスは何をしておまえを騙し、裏切ったというのだ?」


「………」


「おいっ、フレイウスは何をしたのかときいているっ!」


「………」


 黙り込むティリオンに、またしてもごまかしを言っている、と感じるクレオンブロトスの怒りがこみあげる。


 空気を切り裂いてむちがとぶ。


 何度も、何度も、打ちえながら、クレオンブロトスは怒鳴った。


「いいかげんなことを言うなっ!


 愚にもつかん戯言ざれごとばかり並べおって、こいつっ、こいつっ!!」


 やがてティリオンは、がくり、と首を垂れて気絶した。


 クレオンブロトスは肩で息をしていた。


 カーギルが笑う。


「ははははは、強情な奴ですな。根性がある。


 さすがアテナイ・ストラデゴスの息子、というべきか」  


「笑い事ではないぞ、カーギル」


 クレオンブロトスは顔をしかめ、額の汗をこすった。


 怒りにまかせてやってはいるものの、本来、クレオンブロトスがこういう拷問を嫌っていることを知っているカーギルが、手のひらを出した。


「私が代わりましょう。


 クレオンブロトスさまは、少しお休みください」


「ああ、頼む、すまない」


 むちを渡して腕を組み、壁にもたれかかったクレオンブロトスの代わりに、カーギルがむちをきりきりとしならせながら前に出る。


「水をかけろ!」


 二度、三度と水をかぶってから、やっとティリオンの目がわずかに開く。


 かすんだその目に、手に持ったむちがおもちゃのように見える大男カーギルの姿がにじむ。


「今度は俺が相手だ、アテナイ・ストラデゴスの息子。


 覚悟しろよ、いくぞっ!」


 が、振り上げられたむちは、廊下から聞こえてきた悲鳴に止まった。


 どあああっ、とか、ひゃあああ、など、衛兵たちの驚き騒ぐ声。


「何だ、あれは?」


 けた声にも聞こえるそれらの悲鳴に、クレオンブロトスとカーギルが顔を見合わせた、その時。


 バキイィィッ!!! !


 拷問室の両開きの扉に、特大の斧がめり込んできた。


 激しくが飛び散る。


 バァン!! と鍵の壊された扉が蹴破けやぶられ、髪ふりみだした凄まじい様子で現れたのは、アフロディア姫。


「うわっ!」


「イッ!」


「なんと!」


 拷問室のスパルタ兵全員が、姫ぎみの姿にのけぞる。


 次の瞬間、兄クレオンブロトス王以外のすべての者が、手で目をおおうか、真っ赤になった顔をそむけた。


 彼らの姫ぎみは、生まれたままのぱだかだったのだ。


 監禁された部屋を脱出し、衛兵たちに間のぬけた悲鳴を上げさせ、全裸ぜんらの姫ぎみ相手では、なすすべなく目をおおう者ばかりの城内を見事に突破してきたアフロディアは、素早く拷問部屋を見渡した。


 無残な姿で吊るされているティリオンを発見すると、よくも持ってこれたと感心するような特大の斧を放り出し、駆け寄る。


「ティリオンっ!!」


 むちでずたずたにされて血まみれの、愛する青年の前で涙声になりながら言った。


「ティリオン……なんと、なんとひどいことをされて、可哀相に。


 今すぐおろしてやるからな! すぐ助けてやる、すぐ手当てしてやるからな!」


 かすかなティリオンの声。


「ああ……姫……」


 素裸すはだかの妹姫の姿に驚きのあまり、あんぐりと口をあけていたクレオンブロトスがわれに返った。


「こっ、こらっ!


 なんという恰好をしているのだっ、おまえはっ!!」

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