真実 2

「兄上、お帰りなさーい!」


 喜びの声を上げ、からになった鳥籠を草の上に置いたアフロディアは、ふたりの青年をそのままに兄王の元へと駆けだした。


 春の光の中、黄金の髪をたなびかせて、輝くアフロディアが走る。


 優しい兄に向かって、甘えん坊の妹が走る。


 それを微笑んで見守る、クラディウスとティリオン。


 と、クラディウスは、クレオンブロトスの隣のカーギルが、さりげなく自分に向かってスパルタ戦士の手のサインを送っているのに、気づいた。


 兄カーギルのサインを読み取る、クラディウス。


 (え?……そこから……離れろ?)


 クラディウスは回りを見たが、自分の横に、走ってゆくアフロディアを微笑んで見ているティリオンが立っているだけである。


 再び、カーギルのサイン。


 (離れろ、急げ?


 兄さん、一体どういうこと?)


 サインの意味をしかねて、確認を取るべく、クラディウスもカーギルの方へ走りだした。


 つまり結果的には、カーギルのサインに従うこととなった。


「お帰りなさいーっ、兄上さま!」


 両手を一杯に差しのべ、アフロディアがクレオンブロトスの胸に飛び込んだ。


 クレオンブロトスはしっかりと、大事な妹姫を抱きかかえた。

 

 カーギルが怒号した。


「かかれっ!!」


 ざざざざざっ!!


 潜んでいた茂みからスパルタ兵が一斉に飛び出し、ティリオンに襲いかかった。


「なっ?!!」


 驚く間もあらばこそ、ティリオンの体は自動的に、あおの瞳の師に教え込まれた回避行動に移っていた。


 集団で飛びかかってきた兵の手を、一瞬の差でしゃがんでかわして、鉢合はちあわせする兵たちの間を横に低く飛んですりぬける。


 地面で一回転して起き上がり、連続して襲ってくる他の兵の手を、するり、するり、とかわす。


 いつもは穏やかな緑色の目が、たかのような鋭い戦士の目に変わり、素早く状況を把握すべく動く。


 (剣を抜いていない。殺すのではなく、捕らえるつもりだ。


 この場所では不利、森に逃げ込まなければ!)


 だが、伏せてあった兵の数は多く、ティリオンはすっかり囲まれていた。


 次々とのばされてくる手を避けるだけで精一杯で、なかなか森へは逃げられそうになかった。


 兵の手で、たやすく捕らえられぬティリオンの素早い動きに、クレオンブロトスとカーギルの顔が一段と険しく変わる。


「あっ、あにうえ、どうして――っ?!」


 異変に気づいてアフロディアが、兄の腕の中で大きな叫びを上げる。


「どうしてっ? どうしてそんなことするのっ?!


 やめて、兄上!  やめさせて――っ!


 ああっ、ティリオンが! やめて兄上っ、離してっ!!


  離せ、離せ、はなせ――っ!!」


 兄王の胸を叩き、狂ったように暴れるアフロディア。


 そのアフロディアをのがさぬよう、さらにがっちり押さえ込んだクレオンブロトスが、くいっ、とカーギルに向かってあごを動かした。


 クレオンブロトスの命を受け、カーギルが走り出した。


 黒い大きな疾風となって、驚愕して立ちすくんでいる弟、クラディウスの横を駆け抜けていく。


 ティリオンは攻撃をせず、懸命に回避を続けていた。


 ぶ厚い筋肉の鎧の上に、さらに軍鎧を着たスパルタ兵には、多少の突きや蹴りをいれても自分の方が負傷するだけだと分かっていた。


 剣を奪って戦うことも考えたが、少なくともアフロディアの目の前で、スパルタ人を斬りたくはなかった。


 (ここは逃げるしかない! しかし……!!)


 上へ、下へ、右へ、左へ、前へ、後ろへ。


 紙一重かみひとえでスパルタ兵の手をかわし続ける、ティリオン。


 力は強いがごついスパルタ兵たちは、あまりに俊敏しゅんびんなティリオンの動きに翻弄ほんろうされっぱなしだ。


 そんなティリオンの姿は、よい訓練の成果をあらわして、銀の風が舞うに似ていた。


 だが、一向に脱出の糸口はつかめぬまま、汗まみれになりながら幾度めかのジャンプをし、着地した時、黒い大きな影がすっ、と背後に立った。


 突然現れた、けたはずれの強敵の気配に、はっとして振り向きざま避けようとしたが、遅かった。


 巨大なこぶしが凄まじい力で深々と腹に食い込み、ティリオンは声すらたてられずに、くず折れた。


「きや――っ! いや――っ!!


 ティリオンっ、ティリオンっ、ティリオ――――――ンっ!!!!」


 アフロディアの絶叫。


 ティリオンを一発で仕留しとめたカーギルが、倒れ伏したその体を引きずり上げ、荒々しく肩にかついだ。

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