第十七章 真実

真実 1

 春うらら、ぽかぽかとスパルタはいい天気だった。


 平和会議が決裂し、いくさの嵐を恐れて、諸ポリスの使節たちがクモの子を散らすように逃げ帰ってしまった事などまるで嘘のように、暖かく気持ちのいい季節がやってきていた。


 花咲く道を、アフロディア、クラディウス、ティリオンの三人がゆく。


 先頭を歩むのは、アフロディア。


 柔らかい生地きじの春の服を着た彼女は、鳥籠を抱え、鹿革のサンダルの足も元気よく、鼻唄を歌いながら上機嫌だった。


 だが後ろでは小声でこっそりと、クラディウスによるティリオンの尋問が行われていた。


「やいティル、いいかげんに吐いちまえ。


 おまえとあのフレイウスは、どういう関係なんだよ」


「………」


「聞くところによると、あいつは、アテナイ・ストラデゴス直属の部下だって話だ。


 なんでそんな大層たいそうなのがおまえを追ってきたんだ?」


「………」


「俺が信用できないのか?


 俺はあいつからおまえをまもったんだぜ。


 いいかげん俺を信用して全部話せよ。


 な、その方がおまえも楽になるぜ」


 親身になってささやくクラディウスに、苦しげにティリオンが言う。


「お願いだ、クラディ、どうかきかないでくれ。


 これ以上、巻き込みたくないんだ」


「もう十分巻き込まれてるぜ! 今さら何をかっこつけてんだよ。


 いいから早く話せ」


「頼む、やめてくれ」


「ティルっ、これだけいってもおまえは!」


 アフロディアがくるり、と振り向いた。


 ティリオンの胸ぐらをつかもうとしていたクラディウスは、上げた両手をそのまま頭の後ろで組んで、知らん顔で口笛を吹いた。


「ふたりで、何をこそこそやってるんだ?」


 と、アフロディア。


 ティリオンがひきつった笑いを浮かべる。


「なんでもありませんよ。な、そうだな、クラディ?」


 うんうん、とクラディウスが頷く。

 

 アフロディアは、ぎこちない雰囲気のただようふたりをうさん臭そうにしばらく見ていたが、やがて言った。


「ふーん、まあいいか。


 喧嘩なんぞするなよ、ふたりとも。


 さぁて、この辺でいいかな?


 森も見えて来たし、こいつを離してやるか!」


 アフロディアの高く差し上げた鳥籠の中には、いつかの、毒薬事件のときの小鳥が入っている。


 翼の羽を短く切られていた小鳥は、ティリオンの部屋で飼われ、手当てを受けて羽もはえかわり、すっかり元気になっていた。


 その小鳥を森に帰してやるため、三人は出かけて来たのである。


「でも、もう少し森に近いところの方が、早く無事に仲間に会えるでしょう」


 というティリオンの意見に従って、三人はさらに進み、森のすぐ前までやってきた。


 あたりは紫色の細かい花をつけた茂みが点在し、馥郁ふくいくたる香りに包まれている。


「このあたりでいいと思いますよ、姫」


 ティリオンに言われたアフロディアは、籠の戸を開けようとして、ためらった。


 小鳥はチイチイ、と鳴いて、黒い丸い目でアフロディアを見て、小首をかしげている。


「姫、どうしたのですか?」


 と、ティリオン。 


「こいつがいなくなると、なんだか寂しくなるな」


 しんみりした声で、アフロディア。


 ティリオンは、そんな彼女の横に来て、姫ぎみの肩に自分の片手をそっと置いた。


「姫、鳥は、森に帰してやる方がいいのです。


 鳥は仲間のそばで暮らすのが、一番幸せなのですよ」


「ん、そうだな」


 アフロディアは頷き、静かに戸を開けた。


 だが小鳥は、戸をあけられても意味がよくわからないらしく、出ていこうとしない。


「ははは、行きたくないんじゃないですか?」


 と、クラディウスが笑う。


 アフロディアは、軽く鳥籠を振った。


「ほら、行け! 何してる」


 それでも小鳥は、とまり木にしっかりつかまったまま行こうとしない。


「しょうがないな、それっ」


 ティリオンと反対側の横に来たクラディウスが、手をのばして、ぽん、と籠を叩いた。 


 小鳥が驚いて飛び上がる。


 ぱさぱさっ……


 小さい翼風つばさかぜを起こして、小鳥は飛んでいった。


 仲間の待っている森へ向かって、一直線に。


 ほっ、とアフロディアが息をつく。


「行っちゃったな」


 ぽつりとクラディウスが言った。


 そのとき。


「アフロディア!」


 呼ばれて、はっとして振り向くアフロディア。


 いつの間にか、三人から少し離れた小高い場所に、クレオンブロトス王が立っていた。


 クレオンブロトス王の隣には、カーギル。


 二人とも革鎧をつけたままで、春風に黒いマントがなびいている。


「アフロディア、おいで」


 手招きするクレオンブロトス。つかみどころのない表情であった。

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