露見 5

 クレオンブロトスがティリオンの素性すじょうを知り、アテナイに激怒して机を叩いたちょうどその頃。


 フレイウスも、立ち寄った村の村長の家のテーブルを激しく叩いていた。


「では確かに、ティリオンと名乗る医師がここにいて、スパルタ軍に追われて逃げて行ったと言うのだな?!」


「はい。うちのじいさんと馬鹿息子の命を助けてくださいまして、ティリオン先生には心から感謝しております」


 村長は、フレイウスの剣幕けんまくにたじろぎながら、横の10歳くらいの少年の肩を押した。


「私も、その後の先生のことはご心配申し上げてたんですが、あとは、この子の方がよく知っているらしいんで、連れて来ました」


 その少年が、かつてティリオンの診療所が壊れる前に、の10歳の子供であることを、もちろんフレイウスは知らない。


 フレイウスは少年に駆け寄ってひざまずき、肩をつかんだ。


「話してくれ、できるだけ詳しく!」


 フレイウスの後を追って、双子がいつものとおり両側に立つ。


 アテナイの3人を見、賢そうな目をした少年は頷いた。


「僕、ティリオン先生のことが心配だったので、あとでスパルタ兵が村に馬車をとりにきた時、その中にもぐりこんだんです。


 そしたら、壊れた橋の向こうで、アフロディア姫さまが手を振っていました」


「アフロディア姫が?!」


「はい、確かに姫さまでした。


 それでスパルタ兵が、馬車を壊れた橋の前で止めて、降りたので、僕もこっそり降りて、地面に腹這いになって隠れて見ていました。


 川の向こうでは、赤い鉢巻はちまきをした隊長が命令してて……」


「待て! 赤い鉢巻はちまき?


 それは、黒いかたそうな、こう、逆立った髪をした若い隊長か?」


「そうです!」


 手まねで、クラディウスの逆立った髪を上手にまねてみせたフレイウスを、少年は不思議そうに見た。


「そうなんです、よくわかりますね。


 それが兵隊たちの隊長みたいでした。


 その隊長が命令すると、兵隊たちがティリオン先生を運んできました。


 先生の体を、みんなで頭の上に高く持ち上げて、川を渡ってきたんです。


 先生の体には、ぐるぐる布が巻かれてあって血がにじんでいました。


 先生の体は、だらりとしてて全然動きませんでした。


 僕は、先生はもう死んでいると思いました」


「……そ、それで?」


「でも川を渡って、兵隊が先生を馬車に乗せる時、馬で壊れた橋を飛んでこちら岸に来たアフロディア姫さまが、叫んだんです。


『そっと乗せろよ、でないと傷口が開くからな』って。


 先生が死んでいるのなら、そんなこと言いませんよね?」


 フレイウスは笑った。


 声をたてて大きく笑った。


 目をまるくしている少年の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「ははははははは、そうだ、その通りだ!


 死んでいれば、そんなことは言わない。


 ティリオン先生は死んでない!


 ようしいいぞ! それからどうした?」


「それから、姫さまだけが先生の乗った馬車に一緒に乗って、他の兵隊は馬に乗って、みんなで南の方へ行ってしまいました。


 南にしばらく行けば、壊れてない別の橋があるので、そこに行ってスパルタ市に帰ったんだと思います。


 そのあと、僕は走って村に帰りました」


「よし、わかった!


 礼を言うぞ。しっかりよく見ていてくれた。


 説明も、きちんと順を追っていて上手だった。


 君は賢い子だ」


 褒められ、頭を撫でられて、頬を赤く染める少年。


 フレイウスは立ち上がり、部屋の隅に双子を呼んだ。


「どうやら、我々は一杯くわされた。


 アフロディア姫と、あの赤いバンダナの士官と、そしてティリオンさまにな。


 この計略は間違いなく、ティリオンさまが立てたものだ。


 それを、アフロディア姫と赤いバンダナの士官が協力して実行した。


 まさかこんないきさつがあって、その上、スパルタ人まで味方につけていたとは気づけなかった。


 悔しいが、完敗だ。


 キプロスの楽士、あれがティリオンさまだったのだ。間違いない」


 頷く双子。


 フレイウスは難しい口調になって、続けた。


「だが、今さらスパルタ市内には戻れない。


 平和会議も早々に決裂してしまったし、相手がスパルタ王宮では、我々3人だけでティリオンさまを取り戻すのは不可能だ。


 アテナイに帰り、父上にお願いして、スパルタとのポリス間交渉を持っていただき、話し合って、ティリオンさまの身柄を引き渡してもらうしかないだろう。


 よし、すぐにここを出発する。


 アルゴスポリスのナフプリオあたりで船に乗るか、海の状況によってはいっそコリントスまで行って、そこから船だ。


 港まで休みなしで駆けるぞ、がんばってついてこいよ」


「「はいっ!!」」


 双子は声をそろえて元気よく返事をし、嬉しそうに笑った。


 フレイウスの表情も、いきいきと生気を取り戻し始めている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る