露見 4

 カーギルは言った。


「この件はあの視察の帰りに、簡単ではありましたがお話したはずです。


 あの楽士は、確かにあの時の銀髪の子供が成長したもの。


 アルクメオン家の嫡子ちゃくし、アテナイ・ストラデゴスの息子。


 ティリオン・アルクメオン、に間違いありません」


「そういえばアフロディアはあの楽士を、ティル、と呼んでいた」


 青ざめた額に手をやって、クレオンブロトスは呟いた。


「アフロディアが危ない」


「はい」


「だが私には、わざわざ息子を送り込んできたアテナイ・ストラデゴスの意図がわからん」


「姫さまに取り入って、こちらの内情を探らせるためでは?」


「自分の息子をか?」


「危険ではありましょうが、あの美貌ですから、確実に姫さまの心をつかんで取り入れると考えたのでしょう」


「アフロディアは最初から狙われていて、利用されたという訳か。


 アフロディアは、あの楽士の事をあんなに気づかっていたというのに……」


 悔しげに唇を噛む、クレオンブロトス。


 カーギルは考え込みながら言った。


「それに、あらわれた時期が時期です。


 平和会議と何か関係があるのかもしれません。


 平和会議とアテナイ、か。


 平和会議に集まる使節のうちで、アテナイと最近、関係が深いのは、カリュストス、エレトリア、アイギナ、コリントス、テバイ……テバイ?!」


 灰色の目が光った。


「すぐにスパルタにお戻りにならねばなりません、クレオンブロトスさま!」


 カーギルの声は緊迫している。


 兄王は、溺愛している妹姫の事を考えていた。


「ああそうだ、アフロディアが危ない、アフロディアが……


 だがデルポイをどうする……」


 カーギルが口早に言う。


「王よ、考えてみれば、もともとデルポイ襲撃と脅迫の件は、テバイ使節が突然、勝手に言いだしたこと。


 これは、テバイとアテナイが結託けったくして、我々をスパルタから追い出す罠ではないでしょうか?」


 カーギルの言葉に、クレオンブロトスが目を、かっと見開いた。


 カーギルは腕を組み、憎々しげに言った。


「先のコリントス戦争の折には、テバイとアテナイは同盟を結んでおりました。


 その後もカドメイア城の事件もあり、テバイが民主制を打ち立てるやらで、アテナイとは非常に親交が深い。


 我々を追い出したテバイ、そして、姫のもとに潜入しているアテナイ・ストラデゴスの息子。


 ふたつのポリスがあらかじめ示し合わせ、我々がスパルタから出た後、スパルタ市内で何らかの企みをめぐらせている可能性は、十分です」


 一度芽生えた疑いは、とめどなく膨らんでいく。


 姿を見せぬアテナイ・ストラデゴスと、出し渋られた平和会議への返事。


 アテナイ使節団の到着が遅れているうちに、テバイがデルポイ襲撃の話を言い出したこと。


 アゲシラオス王の薬を作った、楽士。


 信じられない思いに、クレオンブロトスの声は震えた。


「あれらも皆、巧みな罠だったというのか?


 私は、ずっとアテナイに、あのアテナイ・ストラデゴスにはめられていたというのか?!」


 クレオンブロトスの琥珀こはくの目に、激しい怒りが燃えあがった。


 固いこぶしで、どん! と大きく机を叩く。


「くそっ、アナテイめ、許せん!!


 我が妹アフロディアの心を手玉てだまにとって利用し、私をまんまと騙しおって。


 何がキプロス出身の旅の楽士だっ!!」


 カーギルが冷たい口調で言う。


「しかし、アテナイ・ストラデゴスの息子なんぞに、みすみす王宮に潜入されるようなうわついたすきを作ったのは、平和会議をしようという計画から……


 つまり、我々ということになりましょうな。


 どだいテバイやアテナイなどという、はなから信用するに値しない連中と仲良く手を組もう、などということが間違っていたのです。


 平和会議ならぬ、底抜けお人好し会議のおかげで、奴らは一斉にスパルタに入り込める機会を得て、さぞや喜んだことでしょう」


 クレオンブロトスが、上目づかいにカーギルを激しく睨む。


 歯ぎしりするような声。


「おまえは……私が底抜けのお人好しだ、と言いたいわけだ」


 平然とカーギルが返す。


「否定はしませんな。


 だが私も反省しております。


 もっと早く、アテナイ・ストラデゴスの息子のことを思い出すべきでした」


 ゆらり、とクレオンブロトス王は立ち上がった。


 怒りの火炎をまとって、命じる。


「よし、陣をたたませろ!


 私は、自分がどれだけお人好しだったか確かめに戻らねばならん!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る