幕の内側 3 *

 鍛え上げた筋肉を見せびらかすように、上半身裸のスパルタ男たちは、ぞろぞろとフレイウスと双子の所にやってきて、回りを取り囲んだ。


 ひとりが言う。


「失礼する。アテナイのフレイウスどの、とお見受けするが」


 ちら、と声をかけたスパルタ男を見てから、フレイウスが頷く。


「そうだ」


「氷の剣士の名も高い、フレイウスどのだな」


「勝手にあだ名をつけられても困るが」


「ぜひ一手、ご指南願いたい」


 心配そうに双子の見守るなか、フレイウスは平然としてパンをちぎった。


「私はまだ食事中だ。遠慮してもらいたい」


「食べるのが遅いな、手伝ってやろう」


 数本の手がのびてきて、フレイウスの皿をさらっていく。


「どうだ、これで食事は終わりだ。ご指南をお願いする」


 あおの目が、筋肉の壁のようなスパルタ男たちをゆっくりと見まわす。


「いささか、強引すぎるのではないかな? スパルタ人」


 ばん! と音をたてて、スパルタ男のごつい手がテーブルを叩いた。


 ひっ、とまわりの使節たちがすくみあがる。


「これがスパルタ式だっ。さあ、頼もうか!」


 これ以上騒ぎを起こして、使節の者たちを怯えさせるのを嫌ったフレイウスは、手のパンをテーブルに直接置いて立ち上がった。


「いいだろう。


 ただし、ひとり一回にしてくれ、長旅で疲れている」


「ふふっ、そうこなくてはな」


 筋肉スパルタ男たちに囲まれたフレイウスが出ていき、その後を双子が追いかけていった。


 ほっとした空気が食堂に流れる。


 ざわざわと、たった今の事件についての話が飛び交う。


 黒幕で仕切られた、中央の舞台。


 その幕が、ごくごくわずかに開いて、クラディウスの灰色の目が外を覗く。


 クラディウスは振り返り、幕の内側に向かって親指を立てて、頷いた。


 ゆるやかに、たえなる音楽が流れ始めた。



                ◆◆◆



 平和会議が始まった。


 まず、領土問題、経済問題などなど、係争中の問題が順番に取り上げられ、それらの解決に次々と提案がなされた。


 いくつかは解決されて、ポリス平和共存が話し合われ、一日目は穏やかに何事もなく、終わった。


 二日目の午前の会議も、平穏に、そして順調に終了した。


 二日目の午前の会議のあと、食堂で昼食をとり終えた使節たちは、恒例のキプロス島の楽士のキタラ演奏を楽しみに待っていた。


「そろそろですかな」


「今日はどんな曲を奏してくれるのだろう。早く聴きたい」


「何度聞いても、あの楽士の音色は素晴らしいですなぁ。


 心が洗われ、気持ちが穏やかになって癒されます」


「スパルタにしてはうまい演出をする。


 あの美しい清らかな音色を聞けば、誰もあらそおうなどという気が起こらない」


「全くだ、まあ仲良くやりましょうや」


「はははは、同じギリシャ人どうしなんですからな」


「あ、よかったら今度、うちに遊びに来てください。


 家内の自慢の手料理をご馳走します」


「おお、行かせてもらいますとも。


 うちのポリスの、特産品のおみやげを持っていきますよ」


 上機嫌で談笑し合う使節たち。


 実は、参加を断ったときのスパルタの報復が怖くて、とりあえず日和見ひよりみで参加したポリスが多かったのだが、意外にも、この平和会議は大成功になるのではないか、ポリス間の争いだらけのギリシャに、本当に平和が来るのではないか、と皆が考え始めていた。


 ただしこの時、テバイのエパミノンダスとペロピダスはこの場にいなかった。


 平和会議をぶち壊す計略を早めた彼らは、虫、こと、アゲシラオス王と最後の打合せをするため、昼食を早々に済ませて食堂から出ていってしまっていたのである。


 なごやかな雰囲気の使節たちと共に、フレイウスと、ギルフィ、アルヴィの双子も、食堂のテーブルで演奏の始まるのを待っていた。



――――――――――――――――*



人物紹介


● フレイウス(25歳)……アテナイ使節団、警護隊長。『アテナイの氷の剣士』と異名をとる、剣の達人。ティリオンの『第一の近臣』


 ティリオンを保護するために追っているが、ティリオンのほうは、フレイウスが処刑をするために追ってきている、と誤解している。


● ギルフィとアルヴィ(18歳)……双子でフレイウスの部下。アテナイ軍士官。


● クラディウス(18歳)……アフロディア姫の、頼りになる幼馴染。カーギル近衛隊長の弟。

 アフロディア姫を密かに愛している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る