幕の内側 2

 食堂の端のテーブルのひとつに、テバイのエパミノンダスとペロピダスが隣り合って座っていた。


 自分たちとは反対側の端のほうに座っているフレイウスと双子に、ちらちらと視線を投げている。


「あの長い黒髪か? おまえを邪魔した奴は」


 と、エパミノンダス。


「ああ、あいつだ。恐ろしく剣の速い奴だ」


 顔を伏せ気味にし、目だけを上目遣うわめづかいにして、確認するペロピダス。


 エパミノンダスは、フレイウスをそれとなく何度か見てからうなった。


「うーん、どうもあいつが噂の、アテナイの氷の剣士の、フレイウスではないか?」


「えっ、本当か?」


「ああ、多分、間違いないな。


 見ろ、あの目。噂どおり、冷たい氷のようじゃないか」


「そう言われれば、確かに……」


 エパミノンダスは、小さくクククッ、とわらった。


「ようするに、おまえらは兄弟そろって、アテナイの氷の剣士に恋路こいじを邪魔された、ってわけだ」


 憤懣ふんまんに顔を赤くして、ペピロダスが悔しそうに言う。


「ううっ、くそっ。俺は必ず、必ずあいつに……フレイウスに復讐するぞ!」


 首をひねるエパミノンダス。


「しかし、あいつがフレイウスだとすると、奴に警護をさせるほど平和使節団を大事にまもっている。


 つまりアテナイは、この会議に重きをおいて乗り気だということになる。


 妙だな。俺の調べた限りでは、アテナイは会議に全く乗り気ではなく、下手をすると出席を断るか、とまで思っていたのだが」

 

 エパミノンダスの言うことなど聞いていないペピロダスは、テーブルの下をこぶしでこづきながら、ひとりでむかっ腹を立てていた。


「畜生っ、フレイウスめ!


 俺と姫の仲を邪魔しやがって。


 いつか必ず、目に物みせてくれるっ」


 エパミノンダスはエパミノンダスで、自分の思考のままにひとりごとを続けていた。


「アテナイが乗り気なら、会議をぶち壊すのをもっと早めたほうがいいな。


 3日の予定だったが、2日にするか。


 虫、と連絡をとらなくては。


 けれど、どうして急にアテナイは平和会議に乗り気になったんだろう?


 アテナイの情勢をさぐり直してみなくてはならんな」 


 フレイウスたちのテーブルでは、食事なかばにきていた。


 フレイウスの左隣から、ギルフィが小声で言う。


「フレイウスさま、昼間の黒髭くろひげのあいつ、あんなところにいますよ」


「そのようだな」


「スパルタ王女にあんなことをして、何もとがめられないんでしょうか?」


 それに答えたのは、フレイウスの向かい側のアルヴィである。


「クレオンブロトス王がいないからじゃないのか?」


「いくら兄王ぎみがいないからって、それで済むことじゃないぞ、あれは」


 と、ギルフィ。


 フレイウスが言った。


「アフロディア姫は、あのことを誰にも言っていないのだろう。


 若い娘だからな。できるなら、人には知られたくない出来事だ。


 それに、王女が供も連れずに、あのような所までテバイ人と出て来たには、何か理由があるんだろう」


 アルヴィが、ちらと舌先を出す。


「ひょっとして、本当はあの男が好きだったりして」


「馬鹿なこというな、アル。姫ぎみに失礼じゃないか!」


 と、怒ったようにギルフィ。


 ちっちっち、と口を鳴らして木さじを振ってみせるアルヴィ。


「それはわかんないぞ、ギル。


 スパルタの姫さまの個人的好みなんだからな。そういうのもあり、かもしれない」


「あんな好みがあるものか、いやがってたじゃないか!」


「いやよいやよも好きのうち、なーんちゃってね」


「おい、いい加減にしろよ。殴るぞ」


「そんなに怒るなよ、ちょっと想像してみただけだよ」


「そんなことを想像するなど、相変わらずおまえはつつしみのない、無礼千万ぶれいせんばんな悪い奴だ、アル」


「そこまで言うことないじゃないか、ギル。


 俺は色々と可能性を考えてみただけだぜ」


「嘘つけ。単におもしろがって、変なこと考えてるだけだろうが」


「ふん、おまえは頭が固いのさ、石頭ギル。クソ真面目すぎるんだよ」


「ふん、いいかげんなおまえの尻拭しりぬぐいをさせられてきたからだ。このお調子者め」


 ふたりはそっくりな顔で、いーっと歯を剥き出しあった。


 双子のいつものじゃれ合いに、フレイウスが苦笑する。


 ざわめいていた食堂が、急に静かになった。


 10人ほどの、見るからに屈強そうなスパルタの若い男たちが入ってきたのだ。

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