第十五章 幕の内側
幕の内側 1 *
スパルタには大きく分けて、王、王族、貴族、平民、
このうち最後の二つの奴隷階級は、スパルタ市民として認められていないため別として、その他の階級の生活の貧富の差は、他のポリスと比べると驚くほど少なかった。
たとえば、平民兵士と貴族兵士の食堂は特に分けられていなかったし、その共同食堂に、訓練で腹をすかせた王までがふらりとやって来て、平気で皆と一緒に同じ食事をとる、というような事がしばしばあったのである。
こうしたスパルタ式にのっとり、全ギリシアから集まった使節団の食事の場も、各ポリスごとの隔てもなく、警護隊兵士ともテーブルが一緒のごちゃまぜ状態であった。
平和会議に来る多数の人々のために、祭儀用の神殿を併用することにしたらしい、広い建物内。
そこに、ずらりと長テーブルの並んだ、使節団の食堂。
アテナイ使節団到着により、明日から5日間の予定の平和会議を控えた夕食に、食堂は賑わっていた。
長旅に疲れ切って、こくり、こくり、と舟をこぎながら、夢うつつでスープを飲むアテナイ使節団長に、向かいに座ったコリントスの使節団長が言う。
「お疲れのようですな」
「……ふぁい」
「アテナイからずっと陸路とは、大変だったでしょう」
「……ふぇい」
「だいぶん、眠そうですな……おっと危ない」
手をのばし、コリントスの使節団長は、スープに顔を突っ込みそうになったアテナイ使節団長の頭を支えてやった。
もごもごと、口の中で礼を言うアテナイ使節団長。
他のアテナイ使節たちは、テーブルに、あるいは料理の皿に突っ伏して、すでに眠りこけていた。
コリントスの使節団長は人のよさそうな笑みを浮かべ、さらに話しかけた。
「お疲れでしょうが、もう少しがんばって起きておられれば、素晴らしいものが聴けますぞ」
「は……そうへすか」
「キプロス島出身だという楽士が、キタラ【竪琴の一種】を演奏するんですが、これが実に美しい音色なのです」
「……ふう」
「この前から、昼と夜の食後のわずかな間だけ楽を奏してくれるのですが、それがこの世のものとも思えぬほど素晴らしい音色で、心がなごみます。
この席は場所もいいですから、よく聴こえますよ」
「………」
「しかし、楽士はずっと幕の向こうで奏していて、全く姿を見せんのです。
ほら、あの幕の向こうですよ」
コリントス使節団長の指さす、建物の中央あたりには、急ごしらえで設置されたような一段高い木製の舞台がある。
まわりを数人のスパルタ衛兵で守られたその舞台の真ん中に、真ん中に1本、周囲を4本の支柱で支えられている、天蓋が組んである。
天蓋の四方の側面は、中が見えないよう黒幕がおろされている。
天蓋の上方のみが、何もなく解放されていて、幕の内側からの音が聞こえるようになっていた。
「どうして、姿を見せないんでしょうな?
あれだけの音色を奏するのはどんな楽士か、ぜひ一度、見てみたいと思うのですがねえ」
不満そうに、楽士を隠す黒幕を見ているコリントスの使節団長の肩を、隣のアルゴスの使節がつついた。
「失礼ですが、話してかけておられるアテナイのかたは、もう寝ておられるようですよ」
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ギリシャの
● スパルタ……二王制軍事国家。スパルタ教育で有名。国民皆兵で、鍛えられたスパルタ戦士による、強力な軍隊を持っている。
● アテナイ……民主制国家。学問と芸術が盛ん。エーゲ海に面するピレウス港を持つ、海運国。
● テバイ……民主制国家。農耕が盛ん。
● コリントス……
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