氷の剣士 6

 アルクメオン家と連絡がとれて、この日のうちにティリオンと会うことが決まったあと、フレイウスは、オレステスからさらにいくつかの厳重な注意を与えられた。


 衰弱死寸前だったティリオンの命の救うため、やむなくテオドリアスが、もう亡くなっている母に会わせる、と嘘をついて約束していることも、この時に聞かされた。


 アルクメオンの館で、父テオドリアスに手を引かれて出てきた、天使のように美しく愛らしいティリオンを見て、息を飲み、瞠目どうもくしたフレイウス。


 彼はオレステスが「おまえはもう一度、別の意味でも強い感動を味わうことが出来るだろう」と言った意味を理解した。


 ただ、ティリオンは虐待を受け、そのあとも階段から落ちるなどして死線を彷徨さまよっていたせいか、6歳にしては体が小さく細く、足元もおぼつかないように見受けられた。


 紹介されて、お互いに型どおりの挨拶をする。


 それから父親に優しく促されて、ひざまずくフレイウスに向かって、一生懸命ひとりで歩いてそばまで寄ってきたティリオン。


 彼ははにかんだ微笑みを浮かべ、素直な声でそっと言った。


「あなたの目は、とても綺麗。


 夜空に輝く、あおいお星さまのよう。


 あおいお星さまは、僕と仲良くしてくれますか?」と。


 いつも、冷たい、とか、氷のようだ、ぞっとする、と言われ続けてきた目。


 このせいで怖がられ、拒絶されるのではないか、と懸念していた目を、ティリオンは一番に気に入ってくれたのだ。


 この最初の出会いからして大きく心をつかまれ、顔や姿が美しいばかりでなく、優しくて気立てのいいティリオンを大好きになるのは、すぐだった。


 それからふたりは生活を共にし、どんどん親しくなった。


 どちらもが成長していく過程で、理解と信頼を深め、月日を重ねていった。


 楽しく幸せな時間を一緒に過ごし、つらい時や悲しい時も支えあって乗り越えてきた。


 ふたりは、最初のフレイウスの勘、オレステスの予測どおり……いやそれ以上に、温かく心を通い合わせ、特別な強い心の絆で結ばれ、お互いにかけがえのない存在となっていった。


 フレイウスにとってティリオンは、愛情と忠誠の絶対的対象となった。


 ティリオンとフレイウスは、いつも一緒にいることが普通で当たり前だった。


 ふたりとも、それがずっと続くと思っていた。


 ティリオンが母の死を知り、11年もの間、フレイウスを含め皆に騙されていたことを知って事件を起こし、心の絆を無残に断ち切って、いなくなるまでは……



                 ◆◆◆



「フレイウスさま、村があります!」


 双子の青年兵の弟のほう、アルヴィが馬上から指さした。


 アテナイ使節団の全員が、右側前方の村屋根を見る。


「よし、今日はあの村で休憩し、宿泊する」


 フレイウスが指示を出した途端、使節団長が馬を急がせてやってきた。


 ぜいぜいと息をきらせて言う。


「待て! もうたくさんだ。


 またあの村のまわりの野や山を、何日もぐるぐる回るつもりなんだろう?


 スパルタへの戦術的計略のための地図づくりだから、と付き合わされてきたが、我々はもう限界だ!」


 くまで縁取られた目を血走らせ、団長はわめいた。


「大体、会議の日にもとてつもなく遅れているんだぞ!


 この責任をどうしてくれる!


 おまえたちがどうしてもあの村にいくなら、我々は我々だけで勝手にスパルタへ行かせてもらうっ。


 警護など、もういらん!


 スパルタ市は、目と鼻の先だからな!」


 言い捨てると、フレイウスの返事も待たずに、さっさと馬を進ませる。


 フレイウスと兵士たちを白い目で見ながら、団長の後をついていく使節団員たち。


「フレイウスさま、どうしましょう?」


 心配そうにきくのは双子の兄のほう、ギルフィである。


 フレイウスは苦い表情になって、言った。


「仕方がない。


 使節団だけを、スパルタ市に行かせるわけにはいかんからな。


 あの村には、帰りに行ってみることにする」


 そして馬首をスパルタ市に向けた。


 アテナイ使節団と警護隊は、真ん中が壊れたままの木の橋のそばを通って、スパルタ市へ向かう。


 晴れ上がったスパルタの空を仰ぎ、フレイウスは心の中で叫んだ。


 (どこにいらっしゃるのです、ティリオンさま。 


 我々が、心ならずもあなたをいつわっていた事を、どうか許しては下さいませんか?


 あの事件を、我々はもみ消しました。


 それがテオドリアスさまのご意思であり、我々の切なる気持ちです。


 我々にはあなたが必要なのです!


 私はあなたを取り戻したい!


 どうかアテナイに……我々のもとにお戻りください、ティリオンさま!)

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