氷の剣士 6
アルクメオン家と連絡がとれて、この日のうちにティリオンと会うことが決まったあと、フレイウスは、オレステスからさらにいくつかの厳重な注意を与えられた。
衰弱死寸前だったティリオンの命の救うため、やむなくテオドリアスが、もう亡くなっている母に会わせる、と嘘をついて約束していることも、この時に聞かされた。
アルクメオンの館で、父テオドリアスに手を引かれて出てきた、天使のように美しく愛らしいティリオンを見て、息を飲み、
彼はオレステスが「おまえはもう一度、別の意味でも強い感動を味わうことが出来るだろう」と言った意味を理解した。
ただ、ティリオンは虐待を受け、そのあとも階段から落ちるなどして死線を
紹介されて、お互いに型どおりの挨拶をする。
それから父親に優しく促されて、ひざまずくフレイウスに向かって、一生懸命ひとりで歩いてそばまで寄ってきたティリオン。
彼ははにかんだ微笑みを浮かべ、素直な声でそっと言った。
「あなたの目は、とても綺麗。
夜空に輝く、
いつも、冷たい、とか、氷のようだ、ぞっとする、と言われ続けてきた目。
このせいで怖がられ、拒絶されるのではないか、と懸念していた目を、ティリオンは一番に気に入ってくれたのだ。
この最初の出会いからして大きく心をつかまれ、顔や姿が美しいばかりでなく、優しくて気立てのいいティリオンを大好きになるのは、すぐだった。
それからふたりは生活を共にし、どんどん親しくなった。
どちらもが成長していく過程で、理解と信頼を深め、月日を重ねていった。
楽しく幸せな時間を一緒に過ごし、つらい時や悲しい時も支えあって乗り越えてきた。
ふたりは、最初のフレイウスの勘、オレステスの予測どおり……いやそれ以上に、温かく心を通い合わせ、特別な強い心の絆で結ばれ、お互いにかけがえのない存在となっていった。
フレイウスにとってティリオンは、愛情と忠誠の絶対的対象となった。
ティリオンとフレイウスは、いつも一緒にいることが普通で当たり前だった。
ふたりとも、それがずっと続くと思っていた。
ティリオンが母の死を知り、11年もの間、フレイウスを含め皆に騙されていたことを知って事件を起こし、心の絆を無残に断ち切って、いなくなるまでは……
◆◆◆
「フレイウスさま、村があります!」
双子の青年兵の弟のほう、アルヴィが馬上から指さした。
アテナイ使節団の全員が、右側前方の村屋根を見る。
「よし、今日はあの村で休憩し、宿泊する」
フレイウスが指示を出した途端、使節団長が馬を急がせてやってきた。
ぜいぜいと息をきらせて言う。
「待て! もうたくさんだ。
またあの村のまわりの野や山を、何日もぐるぐる回るつもりなんだろう?
スパルタへの戦術的計略のための地図づくりだから、と付き合わされてきたが、我々はもう限界だ!」
「大体、会議の日にもとてつもなく遅れているんだぞ!
この責任をどうしてくれる!
おまえたちがどうしてもあの村にいくなら、我々は我々だけで勝手にスパルタへ行かせてもらうっ。
警護など、もういらん!
スパルタ市は、目と鼻の先だからな!」
言い捨てると、フレイウスの返事も待たずに、さっさと馬を進ませる。
フレイウスと兵士たちを白い目で見ながら、団長の後をついていく使節団員たち。
「フレイウスさま、どうしましょう?」
心配そうにきくのは双子の兄のほう、ギルフィである。
フレイウスは苦い表情になって、言った。
「仕方がない。
使節団だけを、スパルタ市に行かせるわけにはいかんからな。
あの村には、帰りに行ってみることにする」
そして馬首をスパルタ市に向けた。
アテナイ使節団と警護隊は、真ん中が壊れたままの木の橋のそばを通って、スパルタ市へ向かう。
晴れ上がったスパルタの空を仰ぎ、フレイウスは心の中で叫んだ。
(どこにいらっしゃるのです、ティリオンさま。
我々が、心ならずもあなたを
あの事件を、我々はもみ消しました。
それがテオドリアスさまのご意思であり、我々の切なる気持ちです。
我々にはあなたが必要なのです!
私はあなたを取り戻したい!
どうかアテナイに……我々のもとにお戻りください、ティリオンさま!)
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