氷の剣士 3

 オレステスの濃い茶色の瞳は、フレイウスの心体しんたいを貫き通すような光を放っていた。


「ありがとう、フレイウス。


 私の最高の息子と自負する、おまえ。


 だからこそ、そのおまえに、私とテオドリアスさまに対する忠誠以上の忠誠。


 おまえの全てを捧げてほしい人物がいるのだ」


「!!」


「おまえがこの役目を引き受ける事を承諾すれば、おまえはそのかたの『第一の近臣』となり、アルクメオン家の館で生活を共にすることになる。


 当面の主な仕事は、護衛と、生活全般の総合的な教師だ。


 後々のちのちはもちろん、武術指導教官もしてもらうことになるだろう。


 そして将来においては、最も信頼し、心を許しあえる親友ともなれるように努力せよ。


 私とテオドリアスさまがそうであるように……


 そして場合によっては、私やテオドリアスさまを見捨てることになっても、おまえには命をかけて、そのかたを守って欲しい」


「父上!!」


 火花を散らすように、ふたりの視線がぶつかり合う。


 養父の言葉の意味することは、ただ一つ。


 (アルクメオン家の跡継ぎが……次の氏族長が決まったのだ!


 しかし、テオドリアスさまにはお子様がないはず。


 では噂どおり、ついにアルクメオン家も養子をとられるのだろうか?


 誰だろう?)


 胸の中で、幾人かの候補を思い浮かべるフレイウスを見透かすように、オレステスが言う。


「養子という形でアルクメオン家にお迎えしてはいるが、テオドリアスさまのご実子なのだ。


 それは間違いない。


 見ればすぐにわかる。


 アルクメオン家独特の、透き通るようなエメラルドの瞳をお持ちだ。


 テオドリアスさまとそっくりのな。


 ご実子とわかってから、ずっとお迎えしようとしていたのだが、事情があってなかなかできなかった」


「それは、知りませんでした。


 テオドリアスさまにご実子がいらっしゃったとは」


 とフレイウス。


 小さく頷く、オレステス。


「知っていたのは、ごく一部の者たちだけだったからな。


 ところでおまえは、テオドリアスさまが、なぜ今までご結婚なさらなかったか知っているか?」


 ふいに問われて、フレイウスの唇が動きかけ、止まり、そしてもう一度動く。


「いえ、知りません」


「噂には聞いているのだろう。


 それでいい、言ってみろ」


「はい。


 ……昔、愛し合った女性と、結婚することがおできにならなかった。


 それで今でも、その女性のことをずっと想っておられる、という噂を聞いたことがあります」


「その噂は本当だ。


 アルクメオン家にお迎えしたのは、テオドリアスさまとその女性とのお子。


 お名前は、ティリオンさま、という」


「ティリオンさま……」 


 フレイウスはその時、不思議な、大きな喜びにも似た強い感動を覚えて、初めて聞いた名前を繰り返した。


「……ティリオンさま」


「現在6歳、年が明ければ、ほどなく7歳になられる。


 加えてティリオンさまは、アルクメオン家の嫡子ちゃくしになられると同時に、エレクテイス家の当主ともなられた」


「エレクテイス家の?! それはすごいですね」


 アテナイ一の医の名家として有名なエレクテイス家は、その莫大な財産によっても有名だった。


 少し眉をひそめて、フレイウスが尋ねる。


「しかし、アルクメオン家の跡取りとなられたティリオンさまが、エレクテイス家の当主ともなられた、ということは……


 あの名門エレクテイス家が、ティリオンさま以外は家を継ぐ者のいない状態になった、ということですか?」


「そうだ。


 エレクテイスの血筋は、もうティリオンさまおひとりしかいない」


 オレステスは暗い表情になって、語った。


「ティリオンさまの母ぎみは、タラッサ・エレクテイスさま、というかたで、エレクテイス家のひとり娘だった。


 テオドリアスさまとタラッサさまは、恋人同士だった。


 しかし、タラッサさまの実父……アテナイ医学アカデミーの医師長の大反対で、仲を引き裂かれ、タラッサさまは親の決めた別の男を婿むこに取る、という形でご結婚なさった。


 ところが、ご結婚されたとき、タラッサさまはすでにテオドリアスさまのお子を……


 ティリオンさまを宿やどしておられたのだ。


 そしてご自分でもそれに気づかぬまま、ご結婚なさった。


 だから、ティリオンさまがお生まれになったとき、タラッサさまの夫の子供、ということに法律上はなってしまったのだ


 タラッサさまの夫は、生まれてきたティリオンさまが目を開くと、そのエメラルド色を見て、テオドリアスさまの子供だと知り、テオドリアスさまに対する嫉妬心からティリオンさまを虐待した。


 テオドリアスさまには手を出せない分も、ティリオンさまに嫉妬の憎しみを向けたのだ。


 それでも、祖父である医学アカデミーの医師長が生きておられる間は、かなり抑止されていた。


 だが、医師長が亡くなり、入り婿のその夫がエレクティス家当主となると、虐待は日々激化していった。


 ティリオンさまは満身創痍まんしんそういでな。


 けれども、我慢強いお子だったのでじっと耐えていらしたようだ。


 しかしもはや、命の危険すらあった」

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