獅子への奸計 2 *

 じろり、とエパミノンダスは冷たくペロピダスを睨んだ。


「いい加減にしろよ。


 おまえは、小娘ひとりとギリシャの支配とどっちが大事なんだ?


 ギリシャの支配者になれば、あんな小娘、掃いて捨てるほど集められるぞ」


「だがな、おまえの言うことは大きすぎて、俺には実感がわかないんだ。


 それに、あんなかわいい姫は、ギリシャ中捜したって他には絶対見つからんと思う、うん」


 と、ペロピダス。


 エパミノンダスは舌打ちした。


 (これだから、目先のことしか見えん馬鹿は困る。


 しかし、まてよ……)


 腕を組み、大きな頭をかしげる。


 (黄金獅子きんじしの妹、か。


 これは案外使えるかもしれん)


「わかった、それほどいうなら、おまえにアフロディア姫をくれてやろう。


 そうだ! 考えてみればその方が都合がいい。


 黄金獅子きんじしを怒らせておびき出すのに使えるし、黄金獅子きんじし亡き後は、自動的にスパルタの半分が手に入る。


 後で用済みの、虫、を始末する時も使えるだろうし、便利だ。


 こいつはうまいぞ!


 ようしペロピダスよ、おまえは姫をものにしていい。


 いや、がんばってものにしろ。


 このスパルタにいるうちにな。


 たとえ姫がいやがっても、強引に既成事実きせいじじつをつくってしまえ!」


 急にいきいきとしてあおり立て始めたエパミノンダスに、今度はペロピダスの方がおよび腰になる。


「ちょっと待てよ。


 ここでそんなことをしたら、俺は怒り狂った黄金獅子きんじしに殺されちまうぜ。


 相手はスパルタ王女。あの黄金獅子きんじしの妹なんだぜ!」


「大丈夫だ」


 唇の端をつり上げ、エパミノンダスは凶悪な表情で笑った。


黄金獅子きんじしは、遅くとも明日の昼にはこのスパルタを出る。


 そしてしばらく帰ってこない。


 おまえは黄金獅子きんじしがいなくなってから、姫をものにすればいいんだ」


「え、黄金獅子きんじしがいなくなる?


 なぜだ? アテナイ使節団が着き次第、平和会議があるのに」


 不思議そうなペロピダスの前で、エパミノンダスは、さっき自分が書きあげて筒状に丸めて右手に持った書簡を、ぽん、と、左の手のひらに打ちつけた。


「この書簡で今から俺が、黄金獅子きんじしをスパルタから追い出すからさ。


 奴を平和会議から閉め出してやるんだ。


 奴さえいなければ、平和会議は、俺と虫、の独壇場だ。


 黄金獅子きんじしがスパルタを出たら、おまえは安心して姫をものにしていい。


 なぜなら、奴のいないスパルタを支配するのは、俺の、虫、だからだ」


 相変わらず、訳のわからない表情のペロピダスに、奸物かんぶつエパミノンダスはぐいと顔を近づけた。


 喉の奥から、謀計ぼうけいを低く語る。


「秋にはいくさだ、ペロピダス。


 平和会議が決裂し、腹を立てて、黄金獅子きんじしはテバイにやって来る。


 おびき出す場所は、そうだな……レウクトラあたりがいいだろう。


 そして俺の、虫、が黄金獅子きんじしの動きをすべて知らせてくれる。


 その上おまえが姫をものにしていれば、奴は頭にかっかと血を昇らせて、判断力が鈍くなっているはずだ。


 これでいくさは勝ちだ。


 黄金獅子きんじしの首はもらった!


 おまえの仕事は、姫をものにし、いくさに備えて『神聖隊しんせいたい』と『斜線陣しゃせんじん』を使いこなすことを覚えるんだ。


 後は俺にまかせろ!


 レウクトラの野に黄金獅子きんじしを沈めたら、姫は完全におまえのものだ。


 完璧だ! 私の計画は完璧だよ!


 ハッハッハッハッハッハッ……」


 ひとりで納得し、背をそらせて、いつもの哄笑こうしょうを高らかに放つ親友を、ペロピダスはぽかんと眺めるばかりだった。



――――――――――――――――*



人物紹介


● ペロピダス(31歳)……テバイ使節団、警護隊隊長。女好き。

 威勢のいい女が好みで、アフロディア姫に一目惚れをして熱を上げている。


● エパミノンダス(30代?)……テバイ使節団、団長。野心が強く、頭がいい。

 『斜線陣』『神聖隊』をつくり、意気盛ん。

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