テバイ使節団 2

 『神聖隊しんせいたい』と聞いて、首をすくめ、っぱい顔になるペロピダス。


「う、あれか……


 でも俺は、どう考えても抱くならかわいい女のほうがいいんだ。


 同性愛者部隊どうせいあいしゃぶたいの指揮官には向いてないよ」


 そう言って、皮肉っぽくつけくわえた。


「作ったおまえ自身はあの部隊がやけに気に入っているようだがな、エパミノンダス」


 さて、『神聖隊しんせいたい』というのは、エパミノンダスが発案、テバイポリスが特別に養成した、特殊選抜隊とくしゅせんばつたいである。


 それは、互いに愛しあう戦士二人ずつの150組300名の一団だった。


 愛人である戦友たちが、戦いながら身をていして友を助け、愛する友の前で逃げ出したり、卑怯なふるまいをみせまいとすることから、勇猛無比ゆうもうむひの実力を発揮するようになっていたのである。


 当時の戦いというのは、いざというとき兵士が恐怖して逃げたり、負けそうになると敵に寝返ってしまう、というのがかなりあって、それが敗因になる場合が多かった。


 だから、テバイの『神聖隊しんせいたい』のように、愛情でつながっていて逃げない兵、あるいはスパルタ戦士のように、王のもとに一丸となって戦う忠誠心の強い兵、といった、最後まで勇敢に戦いぬく兵士、というのは貴重で強かったのだ。


 そして古代ギリシャでは、男性の同性愛はごく一般的なことであった。


 エパミノンダスは平然と言い返した。


「『神聖隊しんせいたい』は立派な成果を上げているから気に入っているよ。


 私はきちんと結果を出せるものが好きだし、評価する。


 それに、指揮官のおまえに同性愛者になれと言っているのではない。


 おまえが女好きだということはよく知っている。


 要は『神聖隊しんせいたい』を戦場でうまく使いこなせればいいんだ。


 別に『神聖隊しんせいたい』を作った私とて、特に男好きだというわけではない。


 同性愛者といえば、ペロピダスよ、おまえの次弟が一番有名ではないか。


 それも、とてつもなく非常識で見境みさかいのない、迷惑な同性愛者としてな」


 ペロピダスは舌打ちした。


 (嘘つけ。おまえも男好きなくせに、エパミノンダスよ。


 本国じゃ、マケドニアの人質フィリッポスを可愛がって、ずっとそばから離さないじゃないか)


 と、内心思いながらも、とりあえず彼は言い訳した。


「あいつは腹違いの次弟だからだ、俺とは違う!


 それに、あいつのお袋は浮気女だ。


 あの女が親父おやじの子供だと言い張るから兄弟になったが、本当に兄弟かどうかもわかりゃしないんだ。


 あいつと俺を一緒にするな!


 あいつはもとから頭がおかしい、異常者なんだ」


「以前、アテナイにまで男あさりにいって、叩き出されたらしいなおまえの次弟は」


 と、にやにやしながらエパミノンダス。


「なんでも、アテナイ・ストラデゴスの凄い美形の息子に手を出そうとして、警護の側近に叩きのめされたとか。


 アテナイ軍の最高司令官のひとり息子にちょっかい出すなんて、非常識もいいとこだ。


 だが、おまえの次弟は運がいいぞ、生きて帰ってこれたんだからな。


 おまえの次弟をアテナイから叩き出したアテナイ・ストラデゴスの息子の側近、っていうのが、噂の『アテナイの氷の剣士』だったらしいからな」


「うるさいっ、頭のおかしいあいつの話はもうやめろ! ききたくもない!」


 ペロピダスはいらいらと言った。


「それより、おまえがそれほどの自信で黄金獅子きんじしと戦うつもりなら、何でこんな平和会議なんぞに出席するんだ?


 さっさと断って、戦支度いくさじたくをしたほうがいいじゃないか!」


 エパミノンダスはあきれたように首を振った。


「おいおい、ちっとは頭を使って考えることを覚えろよ、ペロピダス。


 おまえそれじゃあ、単細胞で筋肉馬鹿のスパルタ人と同じだぞ。


 戦う、ってのは、戦場でだけするんじゃない。


 戦場以外の戦略上の戦いの方が、もっとずっと重要なんだ」


 エパミノンダスは舌で唇を湿らし、真剣になって話し始めた。


「いいか、ペロピダス。


 俺の素晴らしい頭脳をもってすれば、スパルタの黄金獅子きんじしは倒せる。


 だがそれは、奴をあなどらなければ、の話だ。


 なぜなら黄金獅子きんじしは、筋肉だけのスパルタ人のなかで唯一、脳みそ、のある奴だからだ。


 奴は、ペルシャ帝国の後ろ楯の湯で、強い強いとおだてられ、ぬくぬくつかってのぼせまくっていたスパルタ人どもの中で、ただひとり、ペルシャ帝国の侵略の意図を見破った。


 奴の読みは正しい。


 ペルシャ帝国は、扱いやすい筋肉馬鹿のスパルタ人を先頭に、我々を争わせて消耗させ、最後はギリシャそのものを手に入れるつもりだ。


 そこで黄金獅子きんじしは考えた。


 ペルシャはいつ裏切るかわからないし、いい気になって得意のいくさをやりすぎたせいで、スパルタの人口は激減だ。


 このままではいかん。


 スパルタがギリシャ最強のポリスである今のうちに、素早く統一をしてしまわねばならん、とな。


 そうすればスパルタは、ギリシャの頂点に立ったままでいられる。


 加えてペルシャ帝国の侵略も阻止できる、と踏んだんだ。


 あわてて四方八方に手を回して、ほとんど不可能とも思えたこの平和会議にまでこぎつけた。


 確かにたいした奴だよ、あいつは。


 しかし、スパルタが中心となってこの平和会議が成功し、ギリシャ統一が果たされてみろ。


 ペルシャの侵略は防げるかしれんが、俺たちはどうなる?


 テバイはどうなるんだ?!


 俺たちは黄金獅子きんじし風下かざしも


 ようするに、筋肉馬鹿のスパルタ人どもの風下かざしもに、永久に立たされることになるんだぞ!


 そんなことが許せるか、え?


 俺たちはそんなことは我慢できんぞ!!


 そうだろうが、ペロピダスよ!」


「あ、ああ、そうだな」


 熱のこもったエパミノンダスの口調に気圧けおされて、ペロピダスが頷く。

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