第十二章 テバイ使節団

テバイ使節団 1 *

「見えてきたぞ、あれが、スパルタ・ポリスだ!」


 テバイ・ポリス使節団の警護隊長、ペロピダスが、興奮した口調で馬上から指さした。


「ふふふっ、ついに来たか、ここまで」


 隣で笑ったのはペロピダスの親友、この使節団の団長でもある、エパミノンダスである。


 スパルタ王クレオンブロトスによって招聘しょうへいされたギリシャ全体平和会議。


 会議に出席するテバイの使節団は、警護部隊を含む10名ほどの、騎馬隊の小さな行列となって、蹄で早春の草を踏み、スパルタ市の街並みを遠く目視できる地点まで到達していた。


 30歳を少し越えたばかり。


 男ざかりの警護隊長ペロピダスは、 色黒のがっしりとしたたくましい体を牡牛おうし紋章のテバイ軍の軍鎧に包んでいる。


 頭髪とつながった黒い濃い髭をたくわえ、いかにも野の武人、といった風貌であった。


 そのペロピダスが言う。


「しかし、やっぱり早すぎたんじゃないか?


 会議の開催予定日まで、あと半月もあるぞ」


「いいや、獅子に罠をしかける準備をするには、どんなに早くても早すぎるということはない」


 そう答えたのは、テバイ使節団長エパミノンダス。


 彼はペロピダスとは対照的に、小柄で華奢きゃしゃな色の白い男である。


 体に比べてかなり大きい頭。秀でた額を薄茶色の髪が縁取る。


 ぎょろりとした青い目にぎらつく野心の光を宿し、エパミノンダスは続けた。


「特に、その獅子が強いだけでなく、不必要に利口な場合はなおさらだ。


 時間をかけて慎重に事を運び、チャンスを最大限に生かさねばならん。


 だが私は必ず勝つ!!


 スパルタの黄金獅子きんじしの首は、この私が必ずとってみせる!」


 親友の無謀とも思える決意の言葉に、ペロピダスは顔をしかめた。


「だがな、エパミノンダスよ。


 少しは腕に覚えのある俺だって、あの黄金獅子きんじしとは進んで戦おうとは思わんぞ。


 個人戦でも、団体戦でもな。


 奴の武術の腕はスパルタでも1、2を争うほどだと聞くし、しゃくではあるが、奴はいくさの天才だ。


 いくさのツボを心得た上で、どんぴしゃりとくる手を打ってきやがる。


 その上、普段でも獰猛どうもうなスパルタ兵どもが、黄金獅子きんじしの指揮で戦う、というだけで感激して、気違いじみた戦闘力を出すらしいからな。


 これじゃあたまったもんじゃない。


 それに、アテナイのあの話を聞いたか?」


 ペロピダスは体を傾けて、隣の馬上のエパミノンダスの顔を覗き込んだ。


「この前の、アテナイのピレウス港沖の戦闘のことを聞いたか?


 奴は、海戦に不慣れのスパルタ兵どもの覚悟を決めさせるため、自らの戦艦に火を放ったそうだぜ。


 信じられねえ大胆なことしやがるだろ?


 そうして背水はいすいの陣にしておいて、10倍だか20倍だかの数のアテナイ海軍を相手に白兵戦をやらかした。


 あげくに、アテナイのふねを10隻も分捕ぶんどって帰った、という話だ。


 あれでアテナイの連中もびびりまくっちまって、あわてて平和会議に駆けつけるらしいがな」


 口伝こうでんの、尾ひれのついたちまたの噂をまくし立てる親友に、エパミノンダスが苦々しい顔になる。


「その話は少し、大袈裟おおげさだとは思うが、奴が恐ろしく強いことは認める。


 アテナイのふねを奪っていったことは事実らしいし、これまでの実績もあるからな。


 だが……」


 エパミノンダスはせいいっぱい薄い胸を張った。


「奴が戦の天才だというなら、私は戦の神だ!


 奴のやり方は大胆かもしれないが、ピレウス港沖の一件などは、私に言わせれば、単なる博打ばくちだ。


 自分と兵の戦闘能力をあてにしすぎだ。


 私の頭のなかには、もっと敵のど肝をぬく、それでいて計画的な、新しいいくさの方法があふれている。


 ペロピダスよ、おまえが私の編成した『神聖隊しんせいたい』を用いて、私の考え出した新しい『斜線陣しゃせんじん』の戦法で戦えば、相手がたとえスパルタ軍でも、十分に勝てる見込みはあるんだ」



――――――――――――――――*



人物紹介


● ペロピダス(31歳)……テバイ使節団、警護隊隊長。女好き。


● エパミノンダス(30代?)……テバイ使節団、団長。野心が強く、頭がいい。

 『斜線陣』『神聖隊』をつくり、意気盛ん。

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