子供たちの聖地 8 *

「ティリオン、どうした?!」


「しっかりしろ、ティリオン!」


 揺すぶられ、大きな手でひたいを押されて顔を上げされられ、軽く頬をたたかれて、ティリオンは目を開いた。


 アフロディアとクラディウスの心配そうな顔。


 ティリオンは、薬草を探しに来た森の、木の根元に座ったままだった。


 青ざめた顔のアフロディアが、言う。


「急に全然動かなくなってしまったから、クラディウスを呼んだんだ。


 おまえ……大丈夫か?」


「ええ……」


 陰鬱いんうつな気分でぼうっとしたまま、ティリオンは、汗ばんだ顔に垂れかかる髪をかきあげた。


「何だか……悪い夢を……みていて……」


「なんだと? おまえ寝てたのか?


 こらっ、人をさんざん心配させて、おまえって奴はっ」


 ほっとした途端、怒りだそうとしたアフロディアを、クラディウスが止める。


「待ってください。ここの雰囲気は、俺も何となく気持ちが悪かったんです。


 きっとタイゲトス山に近すぎるからだ。長くいるのはよくない。


 姫さまもあの噂をご存じでしょう?


 捨てられて死んだ不幸な子供の見せるという、悪夢のこと……


 薬草は他で探すことにして、もうここを出ましょう。どうも薄気味が悪い」


 奇妙に静かな森を見回して、アフロディアもぶるっ、と身震いをした。


 自分の体に両手を回して、言う。


「そうだな、そういえば……なんだか気持ち悪いな」


 クラディウスは、ティリオンに手を差し出した。


「さ、肩をかしてやる。来いよ、ティル」


「ああ、すまない、クラディ」


 クラディウスの肩につかまり、森を出て、まだふらふらとしながら馬にまたがるティリオン。


 アフロディアの心配そうな目が、それをじっと見つめる。


 (アテナイで、一体何があったんだ、ティリオン)


 去り際に、彼女はもう一度、不幸な子供たちの聖地タイゲトス山を振り返った。


 黒い山は黙して、ただ風が吹くばかりだった。



――――――――――――――――*



人物紹介


● ティリオン(18歳)……自分の父親の将軍長アテナイ・ストラデゴスを斬る、という大事件を起こし、アテナイ軍から逃げている美貌の青年。

 複雑な生い立ち、背景を持っている。アフロディア姫の恋人。


 姫と共謀し、アテナイ人であることを隠して、現在、楽士としてアギス王宮にいる。


● アフロディア姫(15歳)……二王制軍事国家スパルタの、アギス王家の姫ぎみ。クレオンブロトス王の妹。じゃじゃ馬姫。ティリオンの恋人。


● クラディウス(18歳)……アフロディア姫の、頼りになる幼馴染。カーギル近衛隊長の弟。

 アフロディア姫を密かに愛している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る