子供たちの聖地 5
戸を開けた長いマントの男は、驚いて振り向いた3人のならず者を見、その下に潰されたように横たわる、裸の小さな体を見た。
吠えるような怒りの大声を上げ、男はならず者たちに飛びかかった。
凄まじい力と速さで、ならず者たちを殴り、蹴散らす。
ほとんど抵抗する間もなく、ならず者たちは鼻血を吹き、折れた歯を飛ばして気絶していった。
そんな中、納屋の入口にもう一つの影が現れ、裸で倒れているティリオンにあわてて駆け寄った。
ティリオンの体を素早く調べ、暴行が未遂に終わっていることを確認したもうひとりの男は、完全に気絶しているならず者をまだ殴りつけているマントの男に叫んだ。
「間に合った! ティリオンさまは無事です、テオドリアスさま!」
が、その叫びも耳にはいらぬように、マントの男テオドリアスは、ぐにゃりとしたならず者に腕を振るい続ける。
もうひとりの男は、テオドリアスを後ろから羽交い絞めにした。
「落ちついて!
ティリオンさまは無事です、落ちついてください!」
ならず者の胸ぐらをつかみ、興奮して荒い息のままテオドリアスが怒鳴る。
「こいつは、こいつは私の息子をっ!!」
「もう気を失っています。
それよりも、ティリオンさまの方を早く
はっとして、テオドリアスはならず者の体を、文字どおり放り出した。
のめるようにティリオンに駆け寄り、体中のあまりに痛ましい傷に声を震わせる。
「なんと……なんといういうひどい事をされて……ティリオン……」
テオドリアスが手をのばして傷だらけの
おじさん、と呼んでいたその男を。
ティリオンの
悲鳴をあげるように口は開くが、何の声も出てこない。
テオドリアスは、逃げようとするティリオンの体を捕らえて引き寄せた。
素早くマントを脱ぐとそれで包み、しっかりと抱きしめた。
腕の中でがくがくと全身を震わせるティリオンに、懸命に話しかける。
「もう大丈夫だ、私がついている。悪い奴らはやっつけた。
しっかりしろ、ティリオン!」
ティリオンの耳に、音は入っていた。
しかし、恐怖で混乱しきった
ただひたすら、自分を捕まえている恐ろしい腕から逃れようとし、声の出ない小さな口をせいいっぱい開く。
テオドリアスの悲痛な叫び。
「オレステス、ティリオンの様子がおかしい!」
もうひとりの男、オレステスは、すでに反対側から覗き込んでいた。
「よほどショックがひどかったのでしょう。
こんな小さな子が、これほどひどい目にあわされて……無理もない。
落ちつくまであまり動かさない方がいいかもしれません。
しばらく様子をみましょう、テオドリアスさま」
ティリオンを抱いて、テオドリアスは泣いていた。
「こんな、こんなひどい体にされて……
見たかオレステス……こんなにひどく傷つけられて……」
「ええ、確かにひどい。
しかしこれは、このならず者らがつけたものではないですな。
もっと前から長いことかけて、やられてる」
「ああわかっている。
あいつだ、エレクテイス家の当主。
あいつが私の息子を虐待して、こんなひどい傷を負わせたんだ」
涙に濡れながらも、テオドリアスの声は怒りに満ちていた。
「もう我慢できん!
この子は私がひきとる。このまま屋敷につれて帰るぞ!」
険しい顔で、オレステスが首を振る。
「それは駄目です。
すでに我々は二度も、エレクテイス家に誘拐で訴えられている。
自らのお立場をお考え下さい、テオドリアスさま。
アルクメオン家当主、アテナイ・ストラデゴス、としてのお立場を」
「しかし、この子はこのままでは殺されてしまう!
私の息子が殺されるんだぞ!」
「ティリオンさまは、法律上、エレクテイス家のご子息です。
アテナイ・ストラデゴスよ、あなたのご子息であるとは、法律上は認められていません」
テオドリアスは、さらに大声で怒鳴りかけて……やめた。
うつむいて、口を開いたまま震えているティリオンを見る。
ぽつりと言った。
「この子は、私とタラッサの子供だ」
オレステスの静かな声が響く。
「わかっておられるはずです。
事実はそうでも、タラッサさまの夫のエレクテイス家の当主が、法律上のティリオンさまの父親です。
エレクテイス家の当主が怒りを静めて、こちらに養子に出すことを承知しない限り、ティリオンさまを勝手に連れていけば誘拐になります。
とりあえずは、エレクテイス家にお戻しするしかありません。
だがこれを機会に、また、エレクテイスの当主に話し合いを申し込みましょう。
そして冷静に、粘り強く説得するしかない。
アルクメオン家に、ティリオンさまをお迎えできる、その日まで……」
その時、ティリオンの口からやっと声が出た。
それは長い、長い絶叫となり、声が途切れたとき、ティリオンの意識はなかった。
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