子供たちの聖地 4

 薬を配達して、帰りはやはり遅くなった。


 だんだん痛みのひどくなる右足を引きずりながら、ティリオンは道を急いだ。


 さっきから、ひたひたと背後に足音がする。


 足音は、だんだん近付いてくるようだ。


 日も完全に落ちて、月の光だけが頼りの暗い道を、恐怖でうなじの毛を逆立て、ティリオンは傷ついた足の許す限り急いだ。


 アテナイ城壁の門のたいまつが遠く見えてきて、ティリオンは少しほっとし、思い切って走った。


 右足に激痛が走る。


 それをこらえて必死で走ったが、途中で転んだ。


 起き上がろうとしたその直後、後ろから手がのびてきて、ティリオンの口はふさがれた。


 口をふさがれたまま抵抗して暴れるティリオンの細い小さな体は、強い力で易々と抱き上げられ、城壁の門とは逆方向に運ばれていった。


 ティリオンは、納屋のような場所に連れ込まれた。


 ティリオンをさらってきた3人の若いならず者たちが、ひっひっひっと野卑な笑い声をあげなから、腰の袋の薬の代金をむしりとっていく。


「ひゃほー、ガキのくせにずいぶん持ってやがるぜ」


「お宝ざくざく、今夜はツイてるぜ。うへへへ」


「ひひっ、こんだけあれば酒はたんまり飲めるし、いい女も買えるな」


「いただき、いただき」


「おいてめぇ、暗いからって、ちーと余分に取ってんじゃねぇのか」


 奪った戦利品を手さぐりで山分けしていたならず者のひとりが、納屋に下がるランプを見つけ、火をともした。


 納屋が明るくなると、ティリオンを膝下しっかにおさえこんでいた男が驚きの声を上げた。


「おいっ見ろよ! こいつ、すげえ美形だぜ!」


 顎をつかまれ、あかりの方へぐいと顔を向けさせられたティリオンを、他のふたりも覗き込む。


「どれどれ……うひゃあ、こいつは綺麗だ。


 たいしたもんだ。上玉じょうだまじゃねぇか!」


「もっと上だ、特上玉とくじょうだまだ!


 ほっぺが片方ちょっと腫れてるけどよ、キズものってほどじゃねえし、こいつは高く売れるぜ。


 こいつを売り飛ばせば、ここにある金なんぞはした金だ!」


「でもよう、こいつ結構いい服着てやがるぜ。ひょっとして貴族じゃねぇのか?


 貴族のガキなんぞ売り飛ばしたりして、足がついたら、後でヤバいぜ」


「バカヤロ。貴族のガキが、こんな時間にひとりでこんなとこ、うろついてるワケねぇだろ」


「それもそーだな」


「それにしてもこいつ、雌か? 雄か? どっちだ」


「調べてやる」


 荒々しい手がティリオンの服の中に入ってきて、まさぐる。


 納屋に連れ込まれてからは、恐怖で声も出せなかったティリオンに、初めて鋭い悲鳴を上げさせた。


「ちっ、雄だ、残念」


「雄だっていいさ。


 もうちょっと育てば、お楽しみ用の奴隷として最高級品になるぜ」


「うひひっ、今だってもう、十分楽しめるかもしれねえ。ちょっと俺に貸してみろ」


「ええっ! いくら何でも、こいつぁちょっと小さすぎないか?」


「いやいや、こんだけの美形なら、きっともう誰かのお手つきだぜ。


 結構いるんだ、こういうのが大好きな奴が。


 そうだ! こいつの持ってた金だって、花商売はなしょうばいの売り上げ金に違いない」


「なーるほど、それでガキのくせにこんなに金、もってやがったのか」


「ようし、そんなら売り飛ばす前に、俺たちでまずいただくか」


「へへっ、そうこなくちゃ!」


 ごつい手が何本も伸びてきて、服を脱がそうとし始めた。


 ティリオンは驚愕し、足の痛みも忘れ、猛然と暴れだした。


「なに?! 何するの? やめて、いやだ――っ。


 いやだ――っ、離せ、はなせ――っ!!」


 ならず者たちのわらい声。


「おおっと、おとなしくしな坊主」


「可愛いがってやるから。ひひっ」


「いつもやってるんだろ、こんなこと。


 俺たちともいいことしよう、なっ」


「離せ、離せ――っ! いや、いやだ――っ!


 やめて! やめて! いや――っ!


 たすけ……たすけて、かあさま、かあさま――っ!! きゃああああ――――っ!!」


 張り裂けるような悲鳴をあげ、必死で抵抗するティリオン。


 子供ながら、これから起こることへの恐怖を直感で感じとり、冷や汗にまみれた顔に緑色の目が狂ったように見開かれていた。


 6歳の子供の抵抗などものともせず、ティリオンを素裸にしてしまったならず者たちだったが、彼らは唖然とした。


「何だこいつは?!」


「ひでぇ……傷だらけじゃねぇか」


 ティリオンの服の下は全身、医師の父親の虐待ぎゃくたい折檻せっかんによる、むごたらしいむちの傷や、殴られ蹴られた紫や青のあざだらけだったのだ。


 ならず者たちの手の下で、ティリオンはもう抵抗する力もなく、大の字に押さえつけられた仰向けのままぐったりとしていた。


 ショックで目は焦点を失い、唇の切れた口を小さく開いているだけだった。


 ならず者たちは顔を見合わせた。


 これまで、人には言えぬ数々の悪行あくぎょうを重ねてきた彼らだったが、あまりに哀れな幼子おさなごの姿は、汚れすさんだ彼らの心をも少し、動かしたようだった。


「どーする?」


「だいぶ弱ってるから、手出ししたら死んじまうな」


「ちっ、誰がこんな事しやがったんだ。これじゃ売り物にもならねえ。折角の上玉を……」


「なあ、金もいただいたし、もうこいつ、ほっといてやろうぜ」


 ならず者たちが頷き合ったその時、納屋の入口の戸が、バンッ!! と壊れるほどの勢いで開けられた。

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