書簡到着 6 *

 長老評議会リーダーは、そばにいる、頭に羽をつけている長老に尋ねた。


「現在のアテナイ・ストラデゴスは、誰だ?」


「えーと確か、テ、テ……テオ、なんとか……?」


「テオドリアス・アルクメオンだ」


 と、答えたのはクレオンブロトスである。


 忘れっぽくなっている長老たちのために、簡単な説明を加えた。


「あの、英雄と呼ばれた、ペリクレスの子孫だ。


 アテナイ・ストラデゴスとしての在職は、今年で13年目になるかな」


「なんですと?!」


 驚くリーダー。


「13年目?


 それはアテナイの連中の、民主政治、とかいうややこしい規則の一つに反するのではないですか?


 確か連中の任期は、1年交代のはず」


 クレオンブロトスは、じれったさをこらえながら教えた。


「それは、通常のアテナイの議会議員の場合だ。


 例外として、10人の将軍ストラデゴイと、その将軍たちを束ねる将軍長アテナイ・ストラデゴスだけは、任期重任が許されるようになっているのだ。


 だいたい、本当に1年でころころ司令官や軍の長が変わっていたのでは、指揮系統は完全にめちゃめちゃになる。


 兵士の忠誠心もなくなり、士気も上がらんだろうし、一年限りの素人しろうと将軍の命令などきかないから、いざいくさになれば兵はみんな逃げてしまって、戦うどころではないわ」


 それから、少し考え込むような表情になって続けた。


「まあそれでも、13年もの間、アテナイ・ストラデゴスの地位に留まり続けるのは並大抵ではない。


 重任は許されていても、気まぐれなアテナイ人の選挙は毎年あるのだからな。


 ペリクレスの29年に次ぐ、記録だろう。


 テオドリアス・アルクメオン本人も優れた人物だが、ペリクレスのアルクメオン家という名前も、強力な下地になっているのだろう。


 あるいは、選挙するアテナイの連中も、我々とのいくさに敗れて色々と学んだ、と言うべきか」


「なるほど」


 納得するリーダーの後ろで、赤い髭の長老が鼻を鳴らした。


「ふん、何を我々から学んだとて、アテナイ人の軟弱さだけはどうにもならんわ」


「そうそう、奴らは口先ばかりで、根本的に鍛え方が足らんのだ。


 武術訓練をして体を鍛えるかわりに、国で議論ばかりして、舌を回すことばかり覚えるからだ」


 と、別の長老が相槌をうつと、他の長老たちもてんでに喋り始めた。


「民主制だか何だか知らんが、奴らはしょっちゅう色々な会議を開いては、議論ばかりしているらしいな」


「とにかくわけの分からん議会が山ほどあって、それらが国政にいちいち口出しするそうな」


「その議会の議員というのが、貴族でもない、ただの市民の間から選ばれて決まるというのは本当か?」


「そうらしい。くじ引きで議員の決まる議会、というのもあるらしいぞ」


「何というむちゃくちゃな国だ! よくそれで今までやってこれたものだ」


「やはりあいつらは、我々には理解できん」


「しかしそんなに会議が好きなら、平和会議だろうと何だろうと、一番にとんできそうなものだが」


「それもそうだ。二枚舌でとっとこ、マラトンからでも走ってきそうなものだ」


 後ろを向いたリーダーが、大きく手を振って叫んだ。


「もうやめろ、皆、静かにしろ!」


 そしてクレオンブロトスに向き直り、厳しい口調で言った。


「ともかく、アテナイが出て来ない以上、平和会議には賛同しかねます。


 会議に来ないアテナイが、これを機に、単独にペルシャ帝国と結べば、我々はいいツラの皮ですからな。


 しかし、王が我らの反対を押しきっても、平和会議を開かれるご決意とあらば、これ以上、長老評議会にそれを止める権限はありません。


 後は、アギスの王を止められるのは、エウリュポンの王のみ」


「………」


 全員の視線が、よだれをたらして眠りこけるアゲシラオス王と、隣のフォイビダス将軍に集まった。


 フォイビダスは、叱られた子犬のような顔をして、うつむいた。


 はぁぁ――と、長いため息が長老たちの口からもれる。


 長老評議会リーダーは青筋をたてていた。


「若い王よ! 返事を寄こさないとか、アテナイ・ストラデゴスが隠れて姿を見せないというのは、きっと何か企みがあるからです。


 昔からアテナイ人は軟弱な分、ずる賢くて、卑怯な手を心得ています。


 決して信用できません。


 王よ、もう一度よくお考えください、どうか!!」


「失礼します、クレオンブロトス王!」


 と言う突然の大声に、皆が注視を向けた会議室の扉には、激しく息をきらせているクレオンブロトスの執務官がいた。


 手に持った細長い木箱を差しのべている。


「会議中、失礼します。


 しかし、これ、ずっとお待ちになっていたこれを、早く届けようと……」


 カーギルが素早く動いた。


 小走りに扉まで行って、箱を受取り、思わず立ち上がったクレオンブロトスの元へと運ぶ。


 木箱の模様は、女神アテナとその神鳥ふくろうの紋章。


 (来たか!)


 とっさにクレオンブロトスの頭に、ピレウス港沖での争いが浮かぶ。


 裏切者スポドリアスにふねを燃やされ、スパルタが攻めてきたと勘違いしたアテナイ海軍と、やむなく戦わねばならなかったあの日のことが。


 (あのことが、影響を及ぼしていなければよいが)


 固唾を飲む長老たちの前で箱が開けられ、丁寧に丸めた羊皮紙の書簡……以前、アテナイ将軍オレステスの執務室で、フレイウスが丁寧に丸めた羊皮紙の書簡、が取り出された。


 祈るような気持ちで封印を切り、書簡を開くクレオンブロトス。


 琥珀の目が、素早く文字を追う。


 そして、こぼれるような笑み。


 (やったぞ、ペイレネ!!)


 クレオンブロトス王は羊皮紙を掲げて、宣言した。


「アテナイの返事は、だく


 今春には、『ギリシャ全体平和会議』を、我がスパルタにて開催する!」


 会議室に歓声が上がった。



―――――――――――――――――――*


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 作者は喜んで、羊皮紙を掲げ「読者さまの返事は、諾!」と宣言するでしょう。

 読者さまは歓声をあげ、長老評議会のメンバーの気分を味わえます。(ヲイヲイ)


 どうぞよろしくお願いいたします。 m(__)m

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