書簡到着 5 *
クレオンブロトスは、今度は静めなかった。
ただ黙って、長老たちに理解の広がるのを待つ。
しばらくして、やや騒ぎのおさまってきた会議場に穏やかに話しかける。
「もういいか? みんな分かったか?
もっと話を進めるぞ。
それでは、これから我々はどうすればいいのか、をだ。
ペルシャ帝国の干渉を断ち切り、侵略をくい止め、本当の自由独立を得るためにはどうすればいいのか?
方法はただ一つ。
ポリス間の争いをやめ、力を合わせてペルシャ帝国に対抗してゆくことだ。
全てのポリスが一つにならねば、大国ペルシャを遠ざけることはできない。
平和会議を開いて、ギリシャの同胞としてよく話し合うのだ。
過去の
そして最終的に、ギリシャ全体が一つのポリスとなれば、もうペルシャ帝国も手出しはできない。
私の提案する『ギリシャ全体平和会議』の意義は、そこにある」
語り終えたクレオンブロトス王が着席すると、長老評議会の面々は、ひそひそ声で相談を始めた。
クレオンブロトスは目を閉じた。
(言うべきことは全て言った。
これで長老たちにわからなければ、あきらめるより仕方ないが……)
相談が終わったらしく、一番前列の、頭のつるつるに禿げた長老が立ち上がった。
老人とはいえ、スパルタ人らしい鍛え抜いた体のかくしゃくとした、長老評議会のリーダーである。
「王よ、お話はよくわかりました。
我ら長老評議会とて、だてに歳を取っておるわけではありませんゆえ、王のお話の一つ一つ、鋭く
ただ、王の提案なさる『ギリシャ全体平和会議』とやらについては、我らには実現できるものとは思えません。
なぜなら、たとえ我らの方が、過去の
喧嘩にしても……」
ここでリーダーは、若き日のあらくれ者を
「喧嘩にしても、殴った奴より殴られた奴の方が長く、そのことを憶えているものだからです」
会場の、さざめくようなくすくす笑い。
表情に威厳を戻して、リーダーは続けた。
「この間まで敵だった者に、これからは仲良くするから話し合いに来い、と言われて、のこのこやって来る者がいるでしょうか?
残念ですが、その計画はおあきらめ下さい。
実現は不可能です」
クレオンブロトスはにっこり笑った。
手を上げ、扉の脇に立つ衛兵に合図する。
衛兵が開けた扉から一礼して入ってきたのは、書類を抱えたカーギル近衛隊長である。
カーギルは早足で進んで、長老評議会のリーダーに書類を手渡した。
そのまま退出せずにさっさと歩んで、当然の事のように、クレオンブロトスの横に立つ。
書類を見たリーダーの目が、驚きでまるくなった。
「これは!!」
何事かと、長老たちが立ち上がって覗き込む。
書類は手から手へと回覧され、どよめきが広がっていく。
「信じられん! テバイ、メガラ、アルゴス……みんなあるぞ!」
「見ろ! コリントスの平和会議への、参加内諾書だ」
「この間叩きのめしたコリントスまで来るとは、驚いたな」
「奴らは一体、どういうつもりなんだ?」
「まあ、何だかんだ言っても、あっちも長い喧嘩にはいい加減疲れてきてるんだろう。ははははは……」
書類を回覧する長老たちから小さな笑い声まであがり、クレオンブロトスはほっとした。
(これなら、いけそうだぞ!)
だが、書類を集め、もう一度目を通していたリーダーの表情が険しくなった。
クレオンブロトスをじっと見据える。
「若い王よ、ここまでなさったとは、お見事な手腕です。
しかし、この参加書はひとつ足りませんぞ」
苦しげな顔になって頷く、クレオンブロトス。
「ああ、アテナイは……来ない」
「来ない、とは、断られた、という意味でございますか?」
「いや、返事が来ないのだ。
ずっと待っていたのだが、一年を過ぎても、返事が来ない」
リーダーは、あきれたように首を振った。
「それは当然、断るということでございましょう。返事をよこさぬとは」
クレオンブロトスは、首を横に振り返した。
「いやいや、そうとも断定できない気がするのだ。
参加するかどうか、内部で長々ともめまくっているのかもしれん。
それに、今年の春ころから、私が書簡を送ったアテナイ・ストラデゴスの消息がつかめなくなっている。
だから、後に送った催促の手紙が届いているかどうか、わからない状態だしな」
――――――――――――――――*
【※アテナイ・ストラデゴス とは、役職名です。都市国家アテナイの、10人の将軍たちを束ねる、将軍長のことです】
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