書簡到着 4 *

「皆の者、私の話をよく聞け!


 ここで例のごとく『大王の和約』違反を指摘し、テバイを、あるいはアテナイを叩いても、事態の根本的解決にはならない。


 なぜなら、これからも同じことが繰り返されるだけだからだ。


 幾つかのポリスが同盟し、違反だといって我々がそれを叩き、また顔ぶれの変わった同盟を叩く。


 同盟どうしでも争いがある。


 永久にこれの繰り返しだ。いや、永久にではない。


 いくさいくさの連続で、国力の衰えたギリシャ・ポリスを順番に呑み込んでいこうと、虎視眈々こしたんたんと狙っている大国があるからだ」


 しん、となった会議場に、クレオンブロトスの声が響きわたる。


「少し戻って、考えてみよ。


 先のコリントス戦争の折り、なぜ急に、ペルシャ帝国がスパルタに寝返ったのか?


 それは、今までの外交のよしみ、などという甘いものでは決してないぞ。


 最初ペルシャは、スパルタが同盟に勝つとみていた。


 そこで、強くなりすぎたスパルタの国力をこの際、削いでおこうと、同盟側支援についた。


 ところが、同盟側が意外な強さを発揮して、スパルタが危うくなった。


 ペルシャはあわてた。


 このままでは同盟をもとに、ギリシャにスパルタ以上の強国が出来てしまう。


 それは将来、ペルシャ帝国にとって脅威となりうる存在に成長するだろう。


 そこでペルシャは同盟を裏切り、スパルタに寝返った。


 スパルタはそれに乗った。


 負けかけていたスパルタは、乗らざるを得なかったのだ。


 そして以来、我々は、ペルシャ帝国の傀儡かいらいと成り下がった」


 途端に、眠っているアゲシラオス王以外の全員が立ち上がった。


 若い王に対する、ごうごうたる抗議と非難の嵐。


 誇り高いスパルタ人は、誰かの傀儡かいらいと成り下がる、などという言葉に我慢できなかったのである。


 黄金獅子きんじしクレオンブロトス王が、えた。


「静まれ! 静まれっ!


 全員、席に座れっ!!」


 睨みまわす黄金獅子きんじしの凄まじい迫力に、序々に静けさが戻ってくる。


 ひとり、またひとりと着席し、やがて全員が席についた。


 クレオンブロトスは強い口調で、長老たちをさとした。


「いいか、事実を認めろ!


 屈辱であっても真実を見るんだ!


 ペルシャ帝国の後ろ楯のもとに『大王の和約』に反したと言っては、本来同胞たるギリシャ人たちを斬り、財の没収をしている我々は、もうギリシアの覇者などではない。


 単なるペルシャ帝国の手先だ!


 我々だけではない。『大王の和約』がある限り、ギリシャのポリスは全て、ペルシャの手のなかで踊らされている人形に過ぎん。


 ペルシャ帝国の狙いは、もうはっきりしている。


 『大王の和約』の大義名分たいぎめいぶんのもとに、ギリシャ人同士を争わせ、各ポリスの力を弱めて、序々に侵略していくつもりなのだ。


 その侵略の尖兵せんぺいとなってしまったのが、我ら最強のスパルタだ。


 長老たちよ、胸に手をあてて考えてみよ。


 我々が争って、一番得をしているのは誰だ?


 戦利品の取れるスパルタか?


 いいや、我がスパルタとて、一度いくさとなれば、多くの市民を失う。


 今では、ギリシャ最強のポリスと言われながら、同時に、市民の数の最も少ないポリスとなってしまった。


 各方面の人手不足は深刻で、もはや我々に必要なのは、戦利品の山ではなく、市民たる人間なのだ。


 それでは、得をするのは、『大王の和約』違反で、我々に殺され奪われる同盟側か?


 もちろんそうではあるまい。


 得をするのは、我々を踊らせて、それを喜んで見ているペルシャ帝国だ!


 スパルタの親友面しんゆうづらをして、ペルシャは影で牙をといでいる。


 我々を皮切りに、ギリシャ全土をその手にいれるために!」


 不安げに見合わす、顔と顔。


 私語が飛び交い、またもや会場は騒然となった。



――――――――――――――――*



 ここで『ギリシャ物語』の時代について、ごく簡単に説明させていただきます。

(ご考までに、です。

 以下、お読みにならなくても、ストーリーに差しつかえありません)


 紀元前433年頃 ペロポネソス戦争が起こる。

(ペロポネソス同盟盟主スパルタ VS デロス同盟盟主アテナイ)

   ⇩

 長い戦争なだけに、色々なポリスがからみあい、紆余曲折あり。

 ペロポネソス戦争の途中で、アテナイの指導者ペリクレス、疫病で死亡。

   ⇩

 紀元前404年頃 スパルタ勝利、アテナイ降伏。

 約30年にわたるペロポネソス戦争が終結

   ⇩

 コリントス戦争が起こる。

(スパルタ VS コリントス、アルゴス、テバイ、アテナイの四大ポリス同盟)

   ⇩

 9年後、コリントス戦争終結。

 スパルタ勝利、四大ポリス同盟敗北。『ペルシャ大王の和約』が結ばれる。

   ⇩

 ペロポネソス戦争が終わってから、30年以上、ギリシャの筆頭ポリスとして、スパルタが力をもつ。

   ⇩

 紀元前372年 ←いまここです『ギリシャ物語』『ギリシャ物語 外伝 ~旅のはじまり~』

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