書簡到着 3

「ギリシャ全体平和会議だと?!」


「高貴なる我らスパルタ・ポリス市民が、他の下賤げせんなポリスのやからと、なんの話し合いをせにゃならんのだ?」


「全くだ、そんなことをする必要は全くないぞ」


「我々は、ギリシャ最強のポリス市民。


 他の弱っちいポリス連中と、わざわざ手を組まねばならぬ理由は、何もない」


「そうだ、我々は誰よりも強い。


 神に選ばれたギリシャの支配者だ!」


「若い王は、何か考え違いをなさっておいでじゃないのか?」


 ざわざわざわざわ………


 長老評議会の面々の、非難と嘲笑のざわめきが過ぎ去るのを、クレオンブロトスはじっと待った。


 心は平静だった。


 長老評議会の老人たちの反応は、彼の予想どおりだったからだ。


 ざわめきが静まるのを待って、会議室の席に座るスパルタ高官たちを見渡す。


 席は、王と高官たちが向かい合う形になっている。


 三段の階段の上にある高い位置に、クレオンブロトス王とアゲシラオスの、両王の玉座。


 それに向き合って、真ん中に通路を挟む形で、長テーブルが左右それぞれ5列ずつ並び、28人の長老と5人の監督官エフォロイたちの席となっている。


 なお、すっかり眠り込んでいるアゲシラオス王の隣には、自称、助言者のフォイビダス将軍が、今日はおとなしそうに立っていた。


 クレオンブロトスはゆっくりと立ち上がった。


 王の起立にぎくりとして、長老たちが立とうとするのを手でおさえ、口を開く。


「確かに、我がスパルタ軍はギリシャ最強だ。


 たとえ二つや三つの大ポリスがたばになってかかってきても、十分に勝利をかち得るであろうほどにな。


 だが、もし他の全てのギリシャ・ポリスが同盟を結び、戦いを挑んできたとしたら?


 そうなれば、いかな精強を誇る我が軍といえど、敗戦は確実である」


「しかし王、他のポリスが全て同盟を結ぶ、などという心配は、もうありえませんぞ」


 手を上げて、長老のひとりが言う。


「先の、コリントス戦争終結の折りに結んだ『大王の和約』がありますからな。


 あれがある限り、大きな同盟は作れない。


 すなわち、スパルタは安泰です」


 さて『大王の和約』とは、『ペルシャ大王の和約』であり、別名『アンタルキダスの講和』ともいう。


 22年前、コリントス、アルゴス、アテナイ、テバイ、の4大ポリスが同盟を結び、覇者スパルタに戦いを挑んだ、コリントス戦争。


 コリントス戦争は、9年に及んだ。


 コリントス戦争勃発当初、ペルシャ帝国が4大ポリス同盟を支援したため、スパルタは劣勢に追い込まれていた。


 ところが、いくさなかばにして突然、ペルシャ帝国がスパルタに寝返り、その結果、4大ポリス同盟は敗れ去ったのである。


 その時に結ばれたのが『大王の和約』であった。


『ギリシャ諸ポリスは、自治独立を保つべきである』という条文を含むこの条約は、ギリシャ・ポリスの自由尊重をうたって締結された。


 しかし、これはあくまで建前で、実際は、ギリシャの諸ポリスが必要以上に同盟したり合併したりすることによって、より強大な国家に発展する気運を、ペルシャ帝国が摘み取ろうとしたのであった。


 クレオンブロトスはわらった。


「まだわからないか?


 まあ、おいおい説明してやるが、実はその『大王の和約』が問題なのだ。


 第一あんな古い約束など、あてにならんぞ。


 現にアテナイは、制約条件つきとはいえ、『第2海上同盟』なるものをいくつかのポリスと結んでいる。


 テバイは、国内の民主政権樹立のためと称して、ボイオティア諸ポリスと同盟を結んだ」


「そうそう、制約つきのアテナイはともかく、テバイの『ボイオティア同盟』。


 あれは許せませんな」


 と、骨の首飾りをした長老が共鳴した。


「奴らは、あの同盟で急速に力をつけ、何かと横柄おうへいな態度になってきております。


 我々になりかわって、ギリシャの覇権を握るつもりかもしれません」


 頭に鳥の羽を何本かさした長老も、言った。


「この私も、噂を聞きましたぞ!


 何でも最近、エパ……えーと、エパ……なんとかいうのと、ペロ……ペロピ……とかいう2人の若造が、テバイの実権を握り、自分たちがギリシャを支配をすべきだ、と民衆をあおりたてているとか」


 熊の毛皮を羽織った長老も、大きく頷いた。


「王、ここはひとつ、成り上がりの田舎者、テバイの鼻っ柱をへし折りに行く潮時やも知れませんな」


 口々に言って、再びざわめき始めた長老たちを、クレオンブロトスは手を振って静まらせた。

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