クレオンブロトス王 3 *

 フォイビダスは蒼白になった。


「そそそそ、それは!」


 悪事を手伝わせていたスポドリアスを尋問され、喋られては困ることが、フォイビダスにはたくさんあった。


 すかさずクレオンブロトスは、5人の監督官エフォロイの方を向いて両手を広げた。


監督官エフォロイたちも聞かれたであろう?


 エウリュポン王アゲシラオスさまの格別のご配慮に、私、アギス王クレオンブロトスも、格別の配慮をもって返礼させていただけるのだ。


 これは美しい話ではないか?


 いにしえの教えどおり、エウリュポン王家とアギス王家がこうしてお互いを配慮しあい、手を取り合って仲良く歩んで行けば、スパルタの将来は安泰である。


 そうであったな? 皆の者」


 左側の二人が即座に頷き、右の三人は顔を見合わせてから、そろそろと頷いた。


「ちょっと、ちょっと、まってください……」


 上半身を泳がせ、招くように手を振るフォイビダス。


 と、一番左端の、いかにも生真面目そうな監督官エフォロイが言いだした。


僭越せんえつながら、それなら最初から、王と将軍がそれぞれの部下を元通りひきとって、慣例かんれいどおり、尋問は、両者立会いのもとでされるのが一番公平でよろしいか、と私は思いますが」


「そうです! そうですとも! やはりそういたしましょう。ははははは……」


 フォイビダスはすぐに賛成して、ほっとして冷や汗を拭いながら、空笑そらわらいをした。


 内心では歯嚙はがみをしている。


 (くっそーっ、カーギルめ。


 どうせなら、スポドリアスをしっかり殺しておけばよかったものをっ)


 クレオンブロトスは、またもや、こっくりこっくりと舟をこぎはじめたアゲシラオス王に、ちらと目をやった。


「アゲシラオスさまもご賛成なさっているようだ。


 それでは仕方ないな。


 私はカーギルを引き取って、帰るとしよう」


 そうくくった後、その琥珀の目を、フォイビダスに厳しくあてる。


「フォイビダス将軍よ、王として、ひとつ言っておこう」


「な、何でしょう? アギスの王よ」


「おまえには、確かにある種の才がある。


 スパルタ人には珍しい、使い方によっては国の役に立つかもしれん才だ。


 だがおまえは、それによって逆に、自分とスパルタの両方の足元を掘っているのだぞ。


 よく考えてみるがいい」


 威厳に満ちた姿で、マントをひるがえして去ってゆくクレオンブロトス王の後ろ姿を、フォイビダス将軍が睨みつける。


 (くそっ、生意気な若造が、何を偉そうにっ。


 憶えていろよ。絶対にこのままではすまさんぞ!!)



――――――――――――――――――*



 人物紹介(二つの王家のある、二王制軍事国家スパルタの人たち)


● クレオンブロトス王(25歳)……二王制軍事国家スパルタの、アギス王家の若い王。

 強くたくましく、賢い王で『スパルタの黄金獅子きんじし』とも呼ばれている。


● アゲシラオス王(72歳)……二王制軍事国家スパルタの、エウリュポン王家の老王。かつては『英明王』とも謳われていたが、老齢と病気で、体も心も病んでいる。

 

● フォイビダス将軍(30代後半?)……アゲシラオス王の甥。王位を狙う野心家。わし鼻が特徴的。

 病のアゲシラオス王に、クレオンブロトス王のことを悪く吹き込んでいる。

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