炎の恋人 6

 迷うティリオンの、長い睫毛まつげに縁取られたまぶたが閉じる。


 しばらくして、打ち明ける決心と、それに伴って暗いかげを宿した目が開いた。


 悲しげな声。


「姫……私は、罪人なのです」


「えっ?!」


「私はアテナイで、罪を犯しました。そして逃げた。


 私は、アテナイ軍に追われて、このスパルタまで逃げてきたのです」


「ティリオン……」


「自分の感情を抑えきれず、犯した私の罪は、極刑にあたいする重大な罪です。


 捕まれば即刻、処刑されるでしょう。


 そして、たとえ捕まらなくとも、私は自分の手が、許されない恐ろしい罪の血にまみれていることを知っている。


 この罰からは、一生逃れられない」


 肩を落とし、うなだれて続ける。


「これで、わかってもらえましたか?


 私は、けがれた罪人です。


 あなたにふさわしい男では、ないのです」


 アフロディアの持っていた銀の短剣が、ぽとり、と床に落ちた。


 彼女は、うなだれたティリオンに激しく武者振むしゃぶりついていった。


「馬鹿! 馬鹿! どうしてもっと早く言わなかったんだっ」


「すみません、姫」


「そんな事情ならば、なおのこと、私がちからになってやれるのに!」


「ええっ、姫?!」


 驚愕し、少しのけぞって目を大きくするティリオン。


 アフロディアは、問題が解決した! とばかりの興奮した口調でまくしたてた。


「大丈夫だ。私がおまえを守ってやる!


 決してアテナイなどに渡しはしない。


 私が、ずっとそばについていてやる。助けてやる!」


「姫、それはいけません!」


 自分の意図いとに沿わぬ逆効果に、せっかく拾い集めた書類を捨てて、ティリオンは抱きつくアフロディアの体をひきはがした。


「まだわからないのですか?!


 私は、そんなことを頼んでいるのではありません!


 アテナイ軍に追われているような危険な人間に、スパルタの王女様がかかわってはいけない、と言っているのです。


 だいたい私の過去のことは、姫さまには全く関係のないことなのですから……」


 ティリオンの頬がぱし、と鳴った。


 ティリオンを打ったアフロディアは、全身に力を込め、真っ赤になって睨みつけていた。


「おまえのことが、私には全く関係ないだと?


 関係ない?


 おまえはそこまで言うのか!


 そこまで私をつき離したいのか? !


 そこまで私がいやなのか? 嫌いなのか?」


 打たれた頬に手をやって、ティリオンがうろたえた顔で首を振る。


「違います! 嫌いだ、などどそんなことはありません。


 私はただ、重罪人である私に深くかかわり合いになると、あなたに迷惑がかかるから……」


 アフロディアははらうように、ぶん、と片手を横に振った。


「もういいっ!


 おまえは、罪人だ、スパルタ王女だ、アテナイ人だ、ふさわしくない男だと、あれこれ理屈を言うが、私はそんなことなどどうでもいいんだ!


 理屈などいらない。もういい! 」


 人差し指をつきつけて、言う。 


「私がききたいのは、おまえが私を、好きか、嫌いか、ただそれだけだ。


 一番大事な、それだけだ!!」


「!!」


「はっきり言え!


 嫌いなら、嫌いでかまわない。


 おまえの口からそれを言え!


 おまえが私を嫌いなら……それなら、あきらめられる。


 けど、理屈やなんかでは、納得できない! 」


 手が落ち、金色の頭がだらりと垂れ、銀色のしずくが絨毯にはらはらとこぼれた。


「そっ……そんなものでは、このままおまえが去ってしまったら……


 私は、私は……苦しくて……つらくて……いつまでも、苦しいままだ……」

 

 泣きながらも、覚悟を決めて宣言する、声。


「かまわないから、言え!


 私が嫌いだから出ていきたい、と。


 私が嫌いだからここにいたくないのだ、と。


 ティリオン、おまえの正直な気持ちを言うがいい!


 本当は、私が嫌いなんだろう?」


「姫……」


「もういい……言え……嫌いだ、と……最後に言うがいい。


 そうすれば……自由にしてやる……


 ここから……出してやる……逃がしてやる」


「………」


 ゆっくりと白い手が伸び、震えるアフロディアの肩を引き寄せ、彼女の全身を優しく包み込むように抱いた。


 炎のようなスパルタの少女の、真っ直ぐで純粋で強引なスパルタ式求愛に、アテナイ青年の心はついに屈した。


 解き放たれた想いの、あまりの激しさにおののきながら、告白する。


「姫、私も、あなたが好きです。


 愛しています、アフロディア姫」


 驚きに見開かれた目をアフロディアが上げる。


 涙に濡れたまま、歓喜の笑みが広がってゆく。


 しっかりと抱き合ったふたりの唇が、重なった。

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