それぞれの想い 2 *

 頑固がんこに黙したままのクラディウスの前で、今度は両手をこぶしにしたアフロディアは地団駄を踏んだ。


「ええい! おまえはどうしてそう、融通ゆうづうがきかないんだ。


 おまえなんか、おまえなんか……もう一生、口をきいてやらないぞっ!」


 途端に、クラディウスの表情が動き、アフロディアはそれを見逃さなかった。


「そうだ、もしアテナイ人のことを喋ったら、おまえとは一生口をきいてやらない。


 これからず―――っとだ。ず―――っと一生、ひとっこともだ!」


「そんな……」


「どうだ? アテナイ人のことは喋らないな、わかったな!」


 がっくりとクラディウスの肩が落ちた。


 むりやり押し出すように、彼は言った。


「わっ……かりましたぁ」


「よし! 他の兵にも必ず、必ず、絶対に口止めしておけよ」


 悲しい目をして、かすかに頷いた幼なじみをそのままに、姫ぎみは白い衣の男のもとへ駆け去った。



                 ◆◆◆



 あの日以来、クラディウスはアフロディアに会っていない。


 三日にあけず顔を出していた、このレスリング場にも全く来ないし、拳闘場、競技場、的場まとば馬場ばばにも、いつもの溌剌はつらつとして輝くようなアフロディアの姿は、なかった。


 新しいいたずらのおともの命令も、ぱったりと途絶えた。


 心にぽっかりとあいた大きな穴に、クラディウスはただ、ため息でも吐き込んでいるしかなかったのである。


 と、落ち込んだ彼の肩に、汗ばんだ大きな手が乗せられた。


 ぼんやりと見上げる目に、にやりと笑う同輩どうはいの頑丈そうな白い歯が映る。


「どうしたクラディ? おまえの番だぞ」


「あ? ああ」


 夢遊病者むゆうびょうしゃのような足取りでリングに上ったクラディウスに、いつもにも増して、激しい声援と野次がとぶ。


 汗にまみれた熱い体が重くぶつかってきて、クラディウスはやっとわれを取り戻した。


 一気にほりまで押し切ろうとした相手をなんとかいなし、そのあと、もう一度激突しあって、相手と手と手のひらを合わせ、かぎ型にきつく曲げた指でにぎって、力まかせに押し合う。


 筋肉が、めきめき音をたてる。ほとばしる汗。くいしばられる歯。


 両足が地面に深い溝を掘って、食い込む。


「ウオオォォォォッ!!」


 雄叫おたけびをあげ、クラディウスはついに相手を押し倒した。


 大きな歓声が上がる。


 倒した相手の背後に素早く回ったクラディウスは、相手の首に腕をまわして締めつけ、ずるずるとほりぎわまで引きずっていく。


 クラディウスの腕を振りほどこうと抵抗する相手の体を、そのまま強引にほりに落とそうとした時だった。


 観衆の誰かが叫んだ。


「アフロディア姫さまが来られたぞーっ!」


「えっ!」


 力の抜けたクラディウスの腕から、相手の頭が、すぽん、と抜けた。


 自由になった相手におもいっきり体当たりされ、クラディウスは後ろ向きに、ザッバーン!! と水音高くほりに落ちた。


 ずぶ濡れになってはい上がるクラディウスを、悪友たちの大爆笑が迎える。


 もちろん彼らは、クラディウスの元気のないわけに感づいていたのだ。


 クラディウスの顔が真っ赤になった。


 場外乱闘じょうがいらんとうになった。



――――――――――――――――――*


 人物紹介(二つの王家のある、二王制軍事国家スパルタの人たち)


● アフロディア姫(15歳)……二王制軍事国家スパルタの、アギス王家の王女。クレオンブロトス王の妹で、じゃじゃ馬姫。

 アテナイ人ティリオンに恋をしている。


● クラディウス(18歳)……カーギル近衛隊長の弟。アフロディア姫の幼馴染。

 アフロディア姫が好きだと自覚してしまった。

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