出会い 10

「ん?」


 ティリオンを熱っぽく注視していたアフロディアも、風のにおいをかぐように顔をあげた。


「誰か呼んでる。あれは、クラディウスの声だ」


 アフロディアは立ち上がって背伸びをし、右手をひさしにして額にあてた。


 土煙をあげて、村のほうから爆走してくる数騎の兵。


 先頭に幼なじみの姿を見つけ、えつった笑いをもらす。


「フフフフッ、あいつめ、だいぶあわててるぞ。ざまを見ろ!」


 だが、状況はアフロディアが思っているよりずっと深刻だった。


 クラディウスのかたい黒髪は、毛先まで垂直に逆立っていた。


 目は血走り、歯はぎりぎりとくいしめられている。


 アフロディアの、捨てられた細身の剣を発見して以降、彼は気も狂わんばかりだった。


 いままで心の片隅にひっそりと秘められ、彼自身すら気づいていなかったアフロディアに対する想いが、一気にふきだしたのだ。


 クラディウスは、自分がアフロディアを愛していたことを、悟った。


 そしてアフロディアの身を案ずるあまり、張り裂けそうな胸の内に、同時に、白い衣の男に対する憎悪をたぎらせて馬をっていた。


 遠く川の対岸に、鎧の前をはだけて手を振るアフロディアと、逃げだそうとしている白い衣の男を発見したクラディウスは、凶暴な獣のようにうなった。


 手綱たづなをきりりと口にくわえ、馬の背にくくりつけてある袋から、弓と矢を取り出す。


 この一連の作業でも、怒り狂ったスパルタ戦士の速度は少しも落ちなかった。


 距離を測るため細められた灰色の目が、逃げる白い衣の背中に食い入るようにそそがれる。


 一方、白い衣のティリオンは、疲れきって思うように動かぬ足に焦りながら、草を食べに行ってしまった馬に向かって、懸命に走っていた。


 ちらりと後ろをうかがった目のすみに、彼は、敵が矢をつがえたのをとらえてはいた。


 だが到底、とどかぬ距離とみた。


 (馬までたどりつきさえすれば、逃げられる!)


 アテナイ人ティリオンは、スパルタ戦士の恐るべき筋力を過少評価してしまっていた。


 筋肉でよろったたくましい腕が、大きく弓を引き絞り、笑って手を振っていたアフロディアが凍りついた。


 後ろを振り向き、いつの間にか逃げ出している白い衣の背中に、必死に叫ぶ。


「待て! 逃げるな!!」


 そしてクラディウスに向かって両手をあげ、絶叫を振り絞った。


「だめだっ! クラディ、つな、うつな――――っ!!!!」


 クラディウスの双眸そうぼう殺気さっきが走った。


 剛腕ごうわんから解き放たれた矢は、うなりを上げ、流星のように飛んで、狙いあやまたず白い衣の背中に突き刺さった。


 衝撃でのけぞる、ティリオン。


 驚愕に開いた口から「まさか……」と、ささやくような声がもれた。


 意識の砕け散ったティリオンの体を、母なる大地は、再びしっかりと抱きしめた。

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