出会い 6
なかば気を失っている太った女を支えて、すっくと立つ白い長衣の人物を、クラディウスはほっそりとした非常に美しい女かと思った。
突然、降ってわいたように現れた
そして自分の間違いに気づくと、思わず照れて、抜こうとしていた剣から手を離して頭をかいた。
よく見れば、確かに男だった。
長くのばした髪と、ひどく痩せている体にまとっただぶだぶの服とが錯覚を起こさせたらしい。
そういえば声も明らかに、男の声だった。
とはいえ、今まで見たこともないような美しい男であることは間違いなかった。
スパルタ兵たちからも、おおお――っ! という驚きの声が起こった。
ピューッ、ピューッ、と
アフロディアも目をまるくして、ぽかんと青年にみとれていた。
クラディウスは当惑したまま、あやふやな口調で問うた。
「何だぁ、きさまは? 今、何と言った?」
ティリオンは屈んで、村長のかみさんをそっと座らせ、また立ち上がった。
アテナイでは、
「私は、アテナイ人の医者だ」
「アテナイ人? 医者だと?」
信じがたい、という声でクラディウスがくり返す。
クラディウスは、自らアテナイ人を名乗る美貌の青年と、
(これは一体どうなってるんだ?
ペリクレスだとか、アテナイ人の医者だとか。
この村の奴らは
心中混乱している様子の青年指揮官に
ティリオンは貴族で、アテナイ・ストラデゴス子息でもあったので、文武ともに高度な特殊教育を受けていた。
そして彼の武術の師は、『アテナイの氷の剣士』の異名をとる、剣の達人フレイウスである。
なのでその足取りは、さりげなくは見えても、しなやかで素早い。
「私はもちろん、ペリクレスではない。反乱者でもない。
医術の勉強のため旅をしている、ただの医者だ。
まずそれを証明しよう」
青年指揮官を刺激しないよう柔らかな声で言いながら、ティリオンはするすると進んで、腰を抜かして座り込んでいる末息子の後ろに立った。
末息子の両肩をつかみ、片膝を背中にあて、一瞬の気合とともに
ぴょこん、とあやつり人形のように立ち上がる末息子。
驚愕の表情のまま棒立ちになっている末息子の体を、くるり、と180度回し、そのまま軽く背中を、とん、と突いてやる。
末息子は、ふらふらと村人たちの方へ歩いていった。
すべては、あっという間の出来事だった。
「おいっ、きさまっ、何をするかっ!!」
魔法から覚めたように我に返ったクラディウスが、またぞろ剣に手をかけ、
そこへアフロディアの、興奮して
「ふーん、これがアテナイ人というものか。
私は初めて見るが、ずいぶん
アフロディアの瞳は、強い興味と好奇心にきらめき、頬は赤みを増していた。
初めてのアテナイ人をもっと近くで見ようと、ずいずいと前に出て来た姫ぎみを、あわてて押し
「姫、お下がりください! こいつは……」
ティリオンはその
つつっ、と風のように走り、
クラディウス、ティリオン、アフロディアの三人は、もつれあって転がった。
「姫っ!!」
「隊長!!」
スパルタ兵たちの驚きの叫びと、足音が
ふいをつかれた焦りに熱くなりながら、飛び起きようとしたクラディウスの顔に、黒い物が飛び散って目に入り、視界を奪った。
「うわっ!」
「うわわっ!」
「めが、目が……」
ティリオンは、もつれあって転がった瞬間に土をつかみ、立ち上がりざま、青年指揮官と近くにいた二人のスパルタ兵に目つぶしを食わせたのだ。
これで、わずかでも時間を稼いだティリオンは、
土が入り、ざらざらと痛みかすむクラディウスの目に「逃がすかっ!」と、一声叫んだアフロディアが、白い衣の男を追って駆けていく後ろ姿がにじむ。
目をこすりつつ、必死で立ち上がったクラディウスは、目つぶしをくってうずくまっていた部下につまずき、またもや転倒してしまった。
駆け寄ってきた別の部下が差し出した手を振り払い、大声で怒鳴る。
「追え――っ! 追うんだ! 姫さまをお止めしろ!
あいつを殺せ――っ!!」
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