出会い 4

 村人の奇妙な様子に、数人のスパルタ兵たちが怪訝けげんな顔をした。


 が、彼らの指揮官は、よそ見をしていた。


 クラディウスは、少し離れた所から家壁いえかべにもたれて自分をにらんでいるアフロディアを、ちらちら気にしていた。


 (うわあ、怒ってる、怒ってる。姫さま、凄く怒っているぞ。


 どうしよう、どうしよう、どうやってなだめようか。


 下手へた誤魔化ごまかすより、素直にあやまった方がいいかな?


 ともかく、早くこれを済ませてしまおう)


「誰も、申し出る者がなければ……」


 うわの空で言いかけたクラディウスの言葉の途中で、興奮でしゃがれた声が上がった。


「俺は、その反乱者を知ってるぜ!」


 そばかすだらけの若者、村長の末息子が手を上げていた。


 近くにいる兵に、ぎろりとにらまれ、あわてて言いなおす。


「いや、知ってます。本当です。間違いありません!」


 末息子はちらり、とよそ者に優越ゆうえつ一瞥いちべつを投げた。


 今や憎いよそ者は、れんが壁の前でまるくなってうずくまり、ひざの間に顔を埋めてしまっている。


 末息子はにんまり笑った。


 自分の前にいた村人を押しのけて、最前列に出る。


 村人の間から、ごくり、と唾を飲む音が聞こえた。


 ただごとならぬ雰囲気を感じ、どうしたのかとアフロディアも寄って来た。


 このあと、数人におざなりの尋問でもして、さっさと事を終わらせようと思っていたクラディウスは、そばかすの若者を不審げに見た。


「よし、言ってみろ」


 とたんに若者は、こすっからそうな上目づかいになった。


 無意識のうちにもみ手をしている。


「あの、それで報奨金ほうしょうきんなんかは、もらえるんで?」


報奨金ほうしょうきんだと?」


 クラディウスの語尾が当惑とうわくに上がった。


 反乱者告発の申し出といい、ましてや報奨金ほうしょうきんまで持ち出してくるとは、全く予想外の事だった。


 報奨金ほうしょうきんについていえば、よほど有益な密告や情報に与えられることはあるが、国家のためとはいえ、クラディウス自身はこの制度があまり好きではなかった。


 クラディウスは心の中で舌打ちした。


 (生意気なまいきな奴め! だが何を言うつもりなんだろう? 


 いやに自信ありげだが。


 いいかげんな事を言いやがったら、ただじゃおかないからな)


こと次第しだいによってはな」


 冷たい口調のクラディウスの返答にも、村長の末息子は舌なめずりせんばかりである。


「きっと報奨金ほうしょうきんの価値はあります!


 けっこう有名な奴らしいですから。奴は……」


 しばらく間をおいて、皆の注目が自分に十分集まるのを待ってから、勝ち誇った声で言う。 


「アテナイのペリクレスっていう、スパルタの敵です!


  奴がここにいるんです!」


 何を言いだすのかと、固唾かたずを飲んでいたスパルタ兵の全員と、村人の大半が唖然あぜんとした。


「どこの……ペリクレスだって?」


 あっけにとられた表情でクラディウスが尋ねる。


 まわりの驚きを完全に誤解している末息子は、鼻高々はなたかだかでティリオンを指さした。


 あわてて村人たちが、末息子の指先から左右に逃げる。


 人垣が割れて、村長のかみさんの後ろで丸くなっているティリオンの所まで、一筋の道ができた。


「アテナイです、アテナイのペリクレスって奴ですよ!


 そうです、スパルタの敵、アテナイ人です。


 何でも、アル……アル、アルクメオン家とかの、ペリクレスだとか。


 とにかく敵だ、反乱者だ!


 すぐ捕まえてください。奴はほら、そこにいます!」


 がく、とずっこけそうになったクラディウスは、末息子の指さす方を確認もしなかった。

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