出会い 3

 皆の注目のまと、アフロディア姫は、おそろしく機嫌が悪そうだった。


 眉間みけんしわを寄せて、かわいいピンク色の唇を、きゅっとへの字に曲げていた。


 と、唐突に姫ぎみは立ち止まると、足元の土を蹴っとばした。


 土と小石が飛んで、前を歩く村長と赤いバンダナの青年士官に当たり、ふたりがびっくりして振り向く。


 おろおろとした様子で何か言いかけた青年士官を、姫ぎみは、ぎっ、と睨みつけ、次に、つん、とそっぽを向いた。


 傷だらけの青年士官は、大きなため息をついた。


 人々はあっけにとられたのち、前にも増して不安と恐怖にさいなまれた。


 どうしてだか、アフロディア姫さまは大層お腹立ちのようだぞ!


 我々に何か無礼があったろうか?


 これは大変なことになりそうだ!


 そう、アフロディアは腹を立てていた。もうかんかんだった。


 ただし、村人たちの想像するような理由ではなかったが。


 アフロディアは、ぷんぷん怒りながら、傷だらけの青年士官クラディウスから離れ、広場に面した一軒の家のしっくい壁に、どさり、と乱暴にもたれかかった。


 偉そうに腕組みをする。


 (クラディの奴め、こんな村で何が、反乱鎮圧はんらんちんあつをする、だ。


 こんな子供だましで、この私がごまかせると思ったら大間違いだぞ!)


 反乱鎮圧はんらんちんあつにいきましょう、と言われて、クラディウスに連れてこられた村。


 怯えきった農耕奴隷どもの住むこの村に、反乱の、は、の字もないことは一目でわかった。


 そのうえ彼女は、さっき兵士たちが小声で話すのを聞いてしまったのだ。


「おい、本当にこんな村に反乱なんかあるのか?」


「ハハッ、そんなのあるわけないだろ。


 ここは近くの村の中でも、一番おとなしい村なんだからな。


 こいつは単なる遊びさ。


 やんちゃ姫さまのおりを押し付けられたクラディウス隊長、姫さまご機嫌とりの苦肉くにくの策、『反乱ごっこ』ってわけさ」


「なるほど、そうか。


 しかし、姫さまのわがままにつきあわされて、俺たちもとんだとばっちりだぜ。


 せっかくひと暴れして手柄をたてられるかもしれないチャンスだったってのに、急に留守番なんだものな」


「まあそう言うな。クラディウス隊長の災難に比べたら、まだましさ。


 フフフフッ、見ろよあの顔。


 姫さまにぼこぼこに殴られてれ上がっちまって、かぶともかぶれないんだぜ。


 全くひどいもんじゃないか。隊長も気の毒に……」


「うわ! しっ!」


 彼らはアフロディアが後ろにいたことに気づくと、あわてて口をつぐんだが、あとの祭りであったのだ。


 アフロディアは肩をいからせ、フーッと荒い息を吐いた。


 (兵士どももわらっておったわ。


 くそっ、私に恥をかかせおってっ。


 だいたい兄上さまに置いていかれたのも、みんなあいつのせいなんだ。


 きっと目に物みせてくれる!)


 思春期で反抗期の姫ぎみは、かわいそうな幼なじみをいじめる方法をあれこれと思案していた。


 クラディウスの方はといえば、彼もアフロディアに、自分の計画がばれてしまった、と気づいてはいた。


 いや、もともと計画と呼べるほどのものではなかった。


 クレオンブロトス王に「どこか遊びにでも連れていけば、少しは気晴らしになるだろう」と言われた、クラディウス。


 そこで遊びにいくにあたって、奴隷反乱鎮圧どれいはんらんちんあつ、という、姫さまご希望の名前をかぶせただけのことである。


 クラディウスは、憂鬱ゆううつそうに村人の怯えきった顔を眺め渡した。


 村長は棒を飲んだようにしゃっちょこばって、彼の隣に突っ立ったままである。


 気落ちしながらクラディウスは考えた。


 (もっと反抗的な顔をしてくれ、ったって、だめだろうなあ。


 これじゃあ姫さまにばれても、仕方ないか……


 いくら安全第一でも、せめてもう少し、骨のありそうな奴のいる村を選べばよかった。


 失敗だよなぁ、弱ったなぁ、また後でいじめられるよぉー)


 それでも、いまさら途中でやめる訳にもいかない。


 仕方なく、クラディウスはやけくそで声を張り上げた。


「皆の者、よくきけ!


 神聖かつ偉大なるスパルタ王国に対し、反乱を企て、扇動せんどうする者が最近、この村に入り込んだとの情報がはいった。


 そういう反乱者に心当たり有る者は、今すぐ申し出よ!


 かくまったりすれば同罪とみなすぞ!」


 全くのでたらめであった。


 『反乱ごっこ』のつもりのクラディウスはもちろん、申し出る者などいないと思っていた。


 しかし、何も知らない村人らは、スパルタ指揮官のでたらめに顔色を変えた。


 反乱を企てる者が入り込んだ? 最近?!


 村人たちの白い視線は、自分たちの後方、れんが壁の前のよそ者にゆっくりと集まった。


 よそ者、ティリオンは、事の成り行きに愕然がくぜんとした。


 いちどきに顔から血の気が引くのがわかった。


 穏やかで好意的だった村人たちの視線は、一転して、突き刺すようだった。


 それは、彼らの平和を乱した者に対する憎しみの目だった。


 村長のかみさんまでが、暗い疑惑の目で自分を見ているのに気づいて、ティリオンは長い髪で顔を隠しつつも、必死で首を振り、無言で訴えた。


 (違う、私じゃない! 私は反乱など何も知らない!!)

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