出会い 2 *

 間もなく、一軒の家から村長と一人のスパルタ士官兵が出て来た。


 村人たちは、不思議そうにふたりを見つめた。


 村長が青い顔で緊張しきって、かちんこちんと歩いているためではない。


 村長の前を歩んでいる、この部隊の指揮官らしい、ずいぶんと若い青年士官。


 その青年士官の顔や手足が、打撲だぼくの青黒いあざやひっかき傷でいっぱいだったからだ。


 かぶとをかぶらず、とさかのようにつんつんのびている黒い髪に、赤いバンダナを巻いただけの青年士官は、村長の前を威厳をもって歩いていた。


 が、左目のまわりのくっきりと丸いあざ、頬や額のひっかき傷などが、偉そうな態度と全くちぐはぐだった。


 そして皆の視線はすぐ、ふたりの後ろから出て来た、朱色と金色のきらめく鎧を着け、マントがわりの薄い肩布かたぬのを巻いた少女に吸い寄せられた。


 村人の一部に驚きが走ったあと、誰かが上ずった声で叫んだ。


「アフロディア姫さまだ!」


 一斉にざわめきが起こる。


「本当だ、アフロディア姫さまだ」


「なんで、アフロディア姫さまが、こんなところへ?」


「うわぁ、なんて綺麗な金の髪だろう」


「ほんとだ、あんなにきらきら光って! それにあの鎧も、すごく綺麗だねぇ」


「ちょっと、あたしにも見せておくれよ」


「かわいらしいお顔だぁー。お歳はおいくつだっけ?」


「確か、一週間ほど前にスパルタ市でお誕生日のお祝いがあったから、15歳になられたはずだよ」


「でもなんか、姫さま、ご機嫌が悪そうだね」


 ざわざわざわ……


 村人たちは押しあいへしあいし、スパルタ王国の姫ぎみを眺めた。


 意外な人物の登場に、この時ばかりは恐怖を忘れ、物見高ものみだかい観衆となっていた。


 ティリオンも人垣の間から、スパルタの姫ぎみをこっそりと見た。


 彼もまず、姫ぎみの見事な金髪の美しさに目を見張り、それから思い出した。


 (あの、スパルタの黄金獅子きんじしの妹姫か?!


 兄ぎみとかなり年が離れてるな。まだほんの子供じゃないか。


 でも、たしかにあの素晴らしい黄金おうごんの髪は、兄ぎみそっくりだ)


 ティリオンは以前、彼女の兄、スパルタの黄金獅子きんじしことクレオンブロトス王を見たことがあった。


 もう6年も前になろうか。アテナイ視察に来た当時19歳の王は、アテナイ・ストラデゴス子息であった12歳のティリオンの、すぐ前を通っていったのだ。


 年若いが、噂にたがわぬ王者の風格を持つ、堂々としたクレオンブロトス王の姿に感動したことを彼はよく憶えていた。


 (しかし、なぜスパルタの王女がこんなところに来たのだろう?)


 ティリオンの疑問は、村人全員の疑問でもあった。



――――――――――――――――*



 ここで『ギリシャ物語』の時代について、ごく簡単に説明させていただきます。


(ご考までに、です。

 以下、お読みにならなくても、ストーリーに差しつかえありません)


 紀元前433年頃 ペロポネソス戦争が起こる。

(ペロポネソス同盟盟主スパルタ VS デロス同盟盟主アテナイ)

   ⇩

 長い戦争なだけに、色々なポリスがからみあい、紆余曲折うよきょくせつあり。

 ペロポネソス戦争の途中で、アテナイの指導者ペリクレス、疫病で死亡。

   ⇩

 紀元前404年頃 スパルタ勝利、アテナイ降伏。

 約30年にわたるペロポネソス戦争が終結

   ⇩

 コリントス戦争が起こる。

(スパルタ VS コリントス、アルゴス、テバイ、アテナイの四大ポリス同盟)

   ⇩

 9年後、コリントス戦争終結。

 スパルタ勝利、四大ポリス同盟敗北。

   ⇩

 ペロポネソス戦争が終わってから、30年以上、ギリシャの筆頭ポリスとして、スパルタが力をもつ。

   ⇩

 紀元前372年 ← いまここです。『ギリシャ物語』『ギリシャ物語 外伝 ~旅のはじまり~』


 スパルタ、強いですねー。

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