美しき逃亡者 5

 戸口にぶらりと立っていたのは、そばかすだらけの村長の末息子である。 


 末息子は、敵意をむきだしにティリオンを睨みつけた。


 ふわふわ膨らんでいたティリオンの気持ちが、みるみるしぼんでいく。


 給仕をしていたかみさんが、シチューをかき回す大きな木のさじを持ったまま、腰に手をあてて言う。


「夕食に遅れて帰ってきたとたん、そのあいさつかい?


 馬鹿息子が!


 さあ、とっとと座んな」


 末息子は憎々しげに、ぐいとあごをしゃくった。


「俺の席には、よそ者が座っているじゃないか!」


 ぎく、として腰を浮かせたティリオンに、かみさんがあわてて言う。


「いいんですよ。


 こんな馬鹿の言うことは、気にしないでください」


 それから末息子を叱った。


「遊び回って、夕食に遅れてくるような奴は、食べさせてもらえるだけでもありがたいんだよ!


 これ以上ぐだぐだ文句を言うんなら、おまえの夕食は抜きにするよ!」


 末息子は、ぶつぶつ言いながらティリオンの隣に座った。


 じろじろと、けんのある目でティリオンを眺めまわし、小声で、だが聞こえよがしに言う。


「けっ、女みたいな、ちゃらちゃらした顔しやがって」


 ティリオンは、みじめな思いをしながら、いつものとおりの角度にさりげなくうつむいた。


 すると、背中でゆるく束ねてある長い髪が、さらり、と自然に顔の両側にカーブを描いてかかり、銀扇ぎんせんとなって目立つ美貌を隠す。


 アテナイ一の名花めいか、と呼ばれたという、ティリオンの母。


 その母親譲りの、自分のたぐいまれな美貌が、幸運であるとも誉れであるとも、ティリオン自身は思ったことはなかった。


 逆にそれは彼に、どれだけの不自由と災厄をもたらしたことか、はかり知れなかった。


 特に、逃亡者となった今では、まれなる美貌は大きな重荷だった。


 美貌がうわさになれば、それをたどって追跡されるからだ。


 村長の末息子は、ティリオンがしおらしげな様子を見せるにもかかわらず、口を歪め大きな声を上げた。


「あーあ、よそ者にこんなでかい面されて、夕飯ゆうめしまでずうずうしく食いに来られちゃ、たまんねぇよな、ホント」


 ティリオンと同い年の、18歳のこの末息子は、兄たちがそれぞれ結婚して独立したあと、村の独身の若い男たちの間でをきかせていた。


 が、彼は、意地の悪い性格のため、娘たちに人気がなく、もてなかった。


 そんな彼は、美しく気立てのいい青年医師がこの村に来たときから、気にくわない、と目のかたきにしていたのである。


 シチューの皿を末息子の前に、どん、と音をたてて置いたかみさんが、ぴしりと言う。


「お黙り、この不良め!


 先生は、こっちがお願いしてお招きしたんだよ!」


 末息子はふん、と大きく鼻を鳴らし、がつがつと食べはじめた。


 村長がとりなすように釣りの話を再開したが、末息子が現れて悪くなった雰囲気は、どんな楽しい話にも花を咲かせず、料理の味まで変えてしまったようだった。


 末息子は、猛烈な勢いで食事を終えてしまうと、今度はティリオンの医師としての腕を誉めていた父親の言葉をさえぎって、言った。


「ふん、どこの馬の骨ともしれねぇヤブ医者なんかに、こちとらの大事な体を任せられるか、ってんだ。


 俺は死んでもごめんだね」


 口にひとさし指をつっこんで、歯をしーしー鳴らしながら、偉そうに後ろにそっくり返り、木の椅子をぎしぎしと揺らす。


 かみさんが、きりきりと目をつり上げた。


 つかつかと末息子に歩み寄ると、木のさじで頭を 、ぽかっ、と殴った。


「いてっ、何しやがんだよ――っ!」


「何が大事な体だい!


 手伝いも仕事もしないで、遊びほうけてばかりいる、ごくつぶしのくせに!


 あたしゃほんとに情けないよ。


 ちっとはティリオン先生を見習いなっ!」


 迫力ある、公平なかみさんの判断に、村長もたじろぎながら頷く。


 かみさんは、いらだたしそうに言った。


「ちょっとあんたっ、お喋りのあんたが、どうしてこういう時はいつも黙ってるんだいっ。


 あんたもこのろくでなしに、ちっとは厳しく言ってやっておくれよっ」


 矛先ほこさきが自分に向いてきた村長は、あわてて、父親の威厳をみせてのたまった。


「そうだ、失礼なことばかりいいおって。


 先生にあやまりなさい」


 頬をふるわせてしばし、末息子は、嫉妬心からくる怒りと、両親に対する恐れのはざまで迷っていたが、ついに若さと反抗心が、恐れを押し流した。


 がちゃん、と食器をひっくり返して立ち上がり、小さくなって身を固くしているティリオンを指さし、わめき散らす。


「こんなよそ者なんかに、どうして俺がへこへこしなきゃならねえんだよ!


 もう我慢できねぇっ。


 おまえなんか、さっさとここから出てけっ!!」


「おまえって子は……!」


 いっそう、𠮟りつけようとした村長夫婦の声を、暖炉の前の大きなうめきが止めた。


 振り向いたかみさんが、悲鳴を上げる。


「きゃーっ、大変、お義父とうさん!」


 この騒動のせいか、白い髭の長老が苦しげに胸を押さえ、テーブルにつっ伏そうとしていた。


 急いで立ち上がった村長とティリオンが、老人のそばに駆け寄る。


「先生、じいさん年のせいか、最近、心の臓が具合悪いらしいんです!」

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