スパルタ王宮にて 4
アフロディアはますます口をとがらせた。
「私はかまってもらいたくて、ついていくのではありませんぞ、兄上!
私も、兄上さまのお役に立ちたいのです!
私に命じてやらせてくださるなら、
私の剣の腕前も、弓の腕前も、凄いって知ってるでしょ、ねっ」
胸をはって偉そうに自慢する15歳の妹に、クレオンブロトス王は頭をかかえた。
ところで、アフロディアの行きたがっている
国民皆兵、つまり、国民が全員、兵士である軍事国家スパルタ。
スパルタ人は首都スパルタ市のまわりの、ラコニア地方、及び、メッセニア地方の広大な地域を征服していた。
そして、そこに原住していた多くの民族を奴隷民として支配して、収穫物を納めさせる事によって成り立っていたのだ。
当時、これはスパルタだけに限ったことではない。
他の諸ポリスも、規模や制度に違いはあれど、やはり同じような奴隷制によって成立していたのである。
クレオンブロトス王はきっぱり首を横に振った。
「とにかく、だめだといったらだめなんだ!
今回はおまえを連れていくわけにはいかない。
大体おまえも、もう15にもなるのだ。
剣だの弓だの馬だのばかりではなく、そろそろ女らしいことのひとつも覚えて……
む、何をする、離れろ!」
最後の言葉は、アフロディアが突然、馬上の王の足にぴょんと飛びつき、しがみついたためである。
「やだやだやだやだやだ、絶対いくんだ。
「だめだっ! 絶対に、だ・め・だ」
「絶対いきたい!」
「だめだ、どうしておまえはそう、ききわけがない……こらっ、上がってくるな!」
飛びついた足から胴体へと、ずりずりよじ登ってくる妹。
クレオンブロトスはあわてた。
「馬鹿者っ、うわっ、どこまで上ってくるつもりだ、こらっ!」
「私、絶対、兄上さまと一緒にいくっ」
「だめだっ、だめだと言ってるだろう。
どうしてそんな危ないことばかりを……こらあっ!」
異様な状況に驚いて、激しく足踏みを始める馬。
王がそれを静めようとしている隙に、アフロディアは兄王の首に到達した。
ぎゅうっ、と思い切り抱きついた。
するとクレオンブロトス王はふにゃふにゃになった。
スパルタの
悠々とアフロディア姫は、馬上で兄王と向き合って座った。
逞しい兄の体に抱きつき、見上げ、兄の自分に対する愛情を確かめて嬉しそうに笑う。
クレオンブロトス王は弱々しく言った。
「だめだ。だめなのだよ、アフロディア。
連れて行ってはやりたいが、今回ばかりはだめだ。
おまえを、危ない目にあわせるわけにはいかない」
「どうして?
兄上さまと一緒なら、危ないことなんかあるわけないでしょう?
兄上さまは、ギリシャ一強いスパルタの
信頼を寄せる無邪気な瞳に耐えられず、クレオンブロトスは目を
実は、領地で起こった
奴隷の反乱など、起きていなかった。
クレオンブロトス王がこれから行こうとしているのは、敵国アテナイの港。
敵国アテナイの主要港ピレウスに奇襲をかける作戦なのだ。
またしても最近、何かと
そしてさらに、この作戦はクレオンブロトス王が立てたものではなく、彼の本意でもなかった。
二王制国家スパルタには二つの王家がある。
アギス王家と、エウリュポン王家である。
そのエウリュポン王家の72歳の老王、アゲシラオスが立てた作戦。
正確には、老王の
罠と知りつつ、72歳の老王の顔を
罠、とわかっている作戦に、可愛い妹など連れていけなかった。
「アフロディア、おまえにはまだ分からない難しいことが、世の中には沢山あるのだ。
今回はどうしても連れていくことはできない。
どうかききわけてくれ」
「いやだ、いやだっ!
何があろうと絶対、私は兄上さまと一緒に行くんだっ!」
てこでも離れまいと、ますます力を込めて抱きつくアフロディア。
説得に絶望したクレオンブロトス王は、カーギルに救援の目配せをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます