スパルタ王宮にて 3

 高いバルコニーから、空中に飛び出した、姫。


 うわあっ!! と下の三人が、そろって悲鳴のような大声をだす。


 顔面蒼白になり、とどかぬと知りつつも、一斉に姫ぎみを受け止めるように三人全員が両手をのばした。


 が、姫ぎみの体は落下の途中で、がくん、と止まった。


 手には、あらかじめ隠し持っていた太いロープがちゃんと握られていた。


「ハハハハハッ、びっくりした?」


 スパルタ式軍事訓練の成果を見せ、ロープを素早く繰って、身軽なアフロディア姫は、さっと地に降り立った。


 もちろんロープの上方は、王宮の柱の一本にしっかりと結び付けてある。


 受け止めるように両手をのばしたまま固まって、呆然とする男たち。


 それをよそに姫ぎみは、大理石の階段を大股で、ぽん、ぽん、ぽ――んと跳ね、それから走って、あっという間に兄王の馬前にたどり着いた。


「ハハハッ、兄上、たった今、ご承知くださいましたよね。


 とうとう初めての奴隷反乱鎮圧どれいはんらんちんあつに行けるんだぁー! やったぁ!


 アハハハハハ、アハハハハハ、アハハハハハ!」


 元気がありあまって、まだその場でくるくる回ったりぴょんぴょん跳ねながら、万歳をして高らかに笑うアフロディア姫。


 大きくうめいて額に片手をあてる兄、クレオンブロトス王。


 カーギルが手綱を握り直し、苦虫を大量に噛みつぶしたような顔でそっぽをむく。


 がっくりと肩を落としたクラディウスが、両手をのばした時にはなした、3頭目の馬の手綱を取った。


 みんなのだまされた様子が面白いと、姫ぎみはそっくり返って笑い、ついには地面に倒れ、寝転がってゲラゲラ笑った。


 傍若無人で怖いもの知らずで、いたずらと冒険が大好きな15歳の若い王女。


 彼女は、兄王とその近臣を驚かしたことを大いに喜んで、笑い続けた。


 兄王は、怒るより先にあきれ果てて、げっそりした顔で、犬のように転げ回って笑う妹姫を見やった。


 大口をあけて笑う、しとやかさのかけらもない顔。


 地面を転げて土まみれの、汚れた手足。


 金髪のポニーテイルは、ほつれかけてくしゃくしゃ。


 服は草の汁や泥がつき、あちこちかぎ裂きもあった。


 兄王はぐったりと思った。


 (一国の王女が、なんとひどい格好であることか。


 さすがにこれでは侍従長が嘆くのも無理はない)


 さて、金髪のやんちゃ姫は、兄が憂鬱な顔で自分の姿を点検しているのに気づくと、やっと笑いを収めた。


 敏捷に立ち上がって、こほん、と小さく咳払いする。


 ぱたぱたと服をはたき、くしゃくしゃの髪を軽くなでつけ、ほんの気持ちだけの身支度を済ませると、可愛い唇をとがらせて文句を言った。


「だいたいですね兄上。私、前から言っておりましたでしょう。


 次こそ奴隷反乱鎮圧どれいはんらんちんあつに私も一緒にいく、と」


 クレオンブロトス王はため息をついた。


「アフロディア、私はおまえを連れていく、と言った覚えはないぞ」


「でもさっき、わかった、とおっしゃましたよね」


「あれはおまえが、あんな高い危ないところで跳ねるから仕方なく、だ」


「じゃあ、仕方なく、でも連れていってくださるのですね」


「だめだ」


「えーっ、一度は承知なさったのに?! それでは兄上は嘘をつかれたのかっ」


 目を三角にして怒り始めたアフロディア姫に、王は慎重な口調で答えた。


「おまえがおどすから、わかった、と言っただけだ。


 連れて行く、とは言っていない」


「そんな! それは卑怯です、ものすごく卑怯です、兄上っ」


 と、顔を赤くしてアフロディア。


 忍耐強い王の声。


「自分の身を危険にさらしておどすなど、先に卑怯なことをしたのはどちらだ? アフロディア。


 それにな、今度の……今度の奴隷反乱鎮圧どれいはんらんちんあつは……」


 口ごもってから、王は続けた。


「その……とても難しい問題があるのだ。


 おまえを連れて行って、かまってやる暇はないのだよ


 今回は、あきらめてくれ」 

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