スパルタ王宮にて 2

 クレオンブロトス王の妹、スパルタ・アギス王家の王女、アフロディア姫。


 15歳になったばかりのアフロディア姫の近頃のわがままと、並はずれたやんちゃぶりには、王自身もほとほと手を焼いていたからだ。


 (やはり、私が甘やかしすぎたからだろうか?)


 若い王は、じじむさく考えた。


 (いくら元気なのが一番とはいえ、あれはちょっとひどすぎるかもしれんなあ。


 特にこの間、大イノシシにしがみついて、宮中を暴走しおったのには驚いた。


 あれ、のいたずら被害の苦情は毎日のように来るし、本当に困った。


 侍従長の言うとおり、もっと女らしいしつけ、というものをしっかりさせるべきだったか?)


 だが10年前に、わずか5歳になるやならずで、はやりやまいで両親を亡くしたアフロディア姫。


 不憫ふびんな妹を、10歳年上の兄王クレオンブロトスがついつい、甘やかして育ててしまったのは、仕方がないといえば仕方のないことであった。


 責任感の強い兄王クレオンブロトスは、外門に向けた馬首を返し、言った。


「そうだな、うまくなだめて大人しくさせられないようなら……


 あまり遠くないところへ2、3日、遊びにでも連れていくがいい。


 そうすれば、あれ、も少しは気晴らしになるだろう。


 遊びにつれていけば宮中や、スパルタ市内の被害もないしな。


 もちろんお前の隊が護衛していくんだぞ、クラディウス」


「私の隊!」


 アフロディア姫よりは3つ年上、18歳のクラディウス青年は、不幸の宣告に愕然とした。


「し、しかし私の隊は、今回の作戦に参加する予定です!」


 おごそかに王は許した。


「今回、お前とお前の隊は、作戦に参加しなくてよろしい」


 王の作戦から外され留守番の上、やんちゃ姫のおりをさせられると知った時の、自分の隊の兵士たちのブーイング。


 それを既に頭の中で聞きながら、クラディウスはせめて、この難問解決のヒントを得ようとした。


「それでは、それでは……姫さまをどこにお連れすればよろしいのですか?」


「安全な地域なら、どこでもいいぞ」


「安全な地域の、どのあたりで?」


「どこでもいい、と言っておろうが。あれ、が気晴らしになりそうな所を見つけろ」


「姫さまのお気が晴れるような所とは、どんな所でしょう?」


「だから、どこでもいい。お前がいい、と思う所だ」


「私がよくても、姫さまが何とおっしゃるか。


 一体、姫さまは、どこがお気に召すでしょうか?」


「いい加減にしろ、馬鹿者! それくらい自分で見当をつけろ!」


 優柔不断な会話にとうとう腹をたてた王が、小さく怒鳴る。


 焦ったクラディウスは、カーギル近衛隊長に助けを求めた。


「兄さん、あのぅ……


 いえ、近衛隊長どのには、良いお考えがありませんでしょうか?」


 しかしクラディウスの兄でもある近衛隊長カーギルは、馬上からじろり、と冷たい目で弟を見ただけだった。


「さあ王よ、こんなぐずぐず言う奴は放っておいて参りましょう。


 急がれませんと、兵どもが待っております」


「うむ。よし、行くぞ!」


 ぴし、と手綱が鳴る。


 主人の命に従い、馬が走りだそうとした、その時。


 3人の斜め上から大声がふってきた。


「あにうえ――――――――――っ!!」


 はっ、として上を仰ぐ3人。


 白い大理石の、王宮のバルコニー。


 そのバルコニーの手すりに直立して、片手を大きく振っているのは、そう、王妹アフロディア姫だった。


 兄王と同じ、見事な黄金の髪。生意気そうに輝く、琥珀こはくの目。


 ひざ上までの短いキトン【ギリシア衣装の一種】に身を包み、鹿革のサンダルをはいた15歳の姫は、まだ子供っぽさがおおいに残っていた。


 彼女は、地上の男たち3人が自分に注目したのを見定めてから、バルコニーの上で、びょん、と垂直に跳ねてみせた。


 ああっ!! と下の3人が声を上げる。


 王宮のそのバルコニーは10mはある高さだ。


 もちろん落ちれば、ただでは済まない。


 兄王クレオンブロトスが叫ぶ。


「危ないっ! アフロディア、そこから下りるんだ!」


「下りたら、奴隷反乱鎮圧どれいはんらんちんあつに連れていってくださるのか、兄上?」


 と、姫ぎみ。


「ぐっ、そ、それは……」


 顔をゆがめ、兄王は言葉につまった。


 するとまた姫は、ぴょん、と垂直に跳ねる。


 青くなった兄王は、やむをえず首を何度か縦に振った。


「わかったっ。わかったから、とりあえず、そこから下りろ!」


「は――――――い」


 長い返事をし、姫は白い歯をニーッとむきだして、いたずら猿のように笑った。


 そしてなんと、そのままおそれもなく手すりを蹴って、ぱっとバルコニーから空中へ飛び出した。

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