スパルタへ 3 *

 泣く少女の背中に、ため息をつくフレイウス。


 質問をあきらめ、背筋をのばして振り向く。


 そこには、じっと彼の命令を待つ、忠実な双子の青年兵の姿があった。


 フレイウスの義弟おとうとでもある、まだ18歳の双子の部下は、かなり痩せて顔には疲労の色が濃い。


 本国アテナイから、あちらへこちらへと追跡を続け、もう4ヶ月以上。


 長く過酷な追跡任務だった。


 けれども、追われる側は、追う側よりももっと苛酷なはず。


 追われる側のティリオンは、双子よりももっと痩せ、疲労して、顔色を悪くしているはずだった。


 早く捕まえなくてはならなかった。


 部下たちのみならず、自らの気力を奮い立たせるためにも、フレイウスはきびきびと命じた。


「やはり、あのかた、は馬で逃げた。


 だが、まだそう遠くへは行っていないはずだ。


 すぐに山狩やまがりを行う! 


 ギルフィは兵たちの状態を見ろ。


 やけど等の負傷者には、応急手当をしてやれ。


 アルヴィは馬の点検にかかれ。


 ばてすぎている馬は、集めた館の馬を借りて交換させてもらう。


 一刻を争う事態だ。旅用の荷物の積み替えはしなくていい。


 馬具を整え、たいまつの準備が出来たらすぐ出発する!」


 ひと呼吸置いて、付け加える。


「それから、館の住人たちを村まで送ってやれ。


 誰か兵を1人……1人しか人数はさいてやれないが、護衛につけて、安全に泊まれる場所を確保してやるように」


 栗色の髪の双子は、戸惑とまどいの顔を見合わせた。


 そして双子の兄のほう、ギルフィが、懸念けねんの声で言う。


「お館の人たちの事はわかりました。


 しかしフレイウスさま、山狩やまがりのほうは、この闇の中、たったこれだけの人数では、成果を上げるのはとうてい無理かと思われますが……」


 フレイウスは暗い山々を振り仰いだ。


「無理は承知だ。


 しかし、やるしかない。


 ここはアテナイではないのだからな。増援は呼べない。


 だが、私のかん……予想が正しければ、南側の山と、南行きの道を捜索すればまだ見つけられるかもしれない。


 追われ続けて、あのかた、の体力は落ちているはずだからな。


 急げば追いつける可能性はある。


 それでだめなら、さらに南下して、国境ぎりぎりまで捜索してみる」


「南ですか?!」


と驚いた声を上げたのは、双子の弟、アルヴィである。


 大きな茶色の目をさらに大きくして、彼は言った。


「でも南には、南には……あのポリスがあります!


 いくらなんでも、そんな危険なところに逃げ込む、ということはないのでは?」


 フレイウスは、眉間みけんに深くしわを刻んだ。


「いや、ここまで追い詰められて、あのポリスに。


 スパルタに逃げ込む決心をした、と私は思う。


 スパルタに入るなど、当然ながら、あのかた、にとっても大いに危険なことだ。


 それでも、アテナイ軍である我々を振り切るためには、スパルタに逃げ込むことが最も効果ある手段には違いないからな。


 だから何としても、スパルタ領に入られてしまう前に捕らえねばならん。


 さあ、わかったらふたりとも、急げ!」


「「はいっ!!」 」


 声をそろえて返事をし、命令実行に駆けだす双子のアテナイ青年兵。


 その顔には、スパルタに対する恐怖の色が少なからず浮かんでいた。




                 ◆◆◆




 紀元前372年


 ギリシャは、地中海を囲んで、数多くの都市国家ポリスが林立し、勢力争いにしのぎを削っている時代である。


 それら都市国家群のなかで、ギリシャ筆頭ポリスの地位を占めていたのが、二王制軍事国家スパルタだった。


 30年間の長い長いペロポネソス戦争の末、最大の敵対勢力、民主制国家アテナイをついに敗北はいぼくさせたスパルタ。


 その戦争が終わってから、さらに31年間、スパルタは、スパルタ教育による最強のスパルタ兵士、無敵のスパルタ兵団を誇り、今に至っていた。



――――――――――――――――*



人物紹介(学問と芸術の盛んなアテナイポリスの人たち)


● ティリオン(18歳)……自分の父親の将軍長アテナイ・ストラデゴスを斬る、という大事件を起こし、アテナイ軍から逃げている美貌の青年。

 複雑な生い立ち、背景を持っている。


【※アテナイ・ストラデゴスとは、アテナイの将軍長、という意味の、役職名です】


● フレイウス(25歳)……アテナイ軍の将校で、ティリオンを追っている。

 『アテナイの氷の剣士』と異名をとる、剣の達人。


● ギルフィとアルヴィ(18歳) →双子でフレイウスの部下。アテナイ軍士官。


【※タイトルの横に*のあるのは、人物紹介、年表、歴史その他、諸解説が文末にあるしるしです。作者のメンテナンス用ですので、あまりお気になさらないでください。m(__)m】

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