第十六章 露見

露見 1 *

「平和会議は決裂したんだ、いついくさが始まるかしれない。


 他のポリスの者たちもみんな船で帰るぞ。陸は危ないからな。


 おまえたちも私たちと一緒に、早く船で帰ったほうがいいんじゃないのか?


 だいたいフレイウス隊長、あんたの顔色はまるで……まるで死人だ。


 そっちの双子だって真っ青で、今にも倒れそうな感じじゃないか。

 

 地図づくりの陸路などやめて、我々と一緒に船で帰ろう。その方がいい」


 そう言って親切にすすめるアテナイ使節団長の言葉をふりきって、帰りの使節団の警護は部下の兵たちに任せ、フレイウスと双子は三人だけで、クラディウスが適当に指した西北の方の山へ向かっていた。


 乗るというよりは愛馬に乗せられて、不安定に揺られながら、うつむいて無言で進むフレイウス。


 その後ろを青い顔の双子が、とぼとぼとついて行く。


 ティリオンの死を知らされ、心をまるごとえぐりとられたような状態のまま、フレイウスは、幾度かぎりぎりの所でティリオンを取り逃がしてしまったことを思い出していた。


 取り逃がした最大の原因は、わかっていた。


 ティリオンを傷つけるのを恐れるあまり、フレイウスは自分自身でにせよ、部下に命じてにせよ、ティリオンに武器を使う事が出来なかったのだ。


 (こんなことなら、少しくらい怪我をさせても強引に捕まえるべきだった。


 矢で射るか、短剣を投げるか何かして、あのかたの動きを止めれば捕まえられそうな機会はあったのに、私はためらって、結局できなかった。


 みんな私の責任だ。みんな私が悪かったのだ。


 私がティリオンさまを死なせてしまった……いや、殺したも同然だ。


 私がティリオンさまを殺したのだ。


 この私が……私が……殺した)


 自分を責め続けるフレイウスの横に、双子が馬を寄せてきて、そっと言った。


「フレイウスさま、あそこに村があります。


 あそこで少し休んでから行きましょう」


「ほら、スパルタに行くとき立ち寄れなかった村ですよ。


 休んでいきましょう。


 でないと、フレイウスさままで死んでし……」


 し……! と、口を押さえるアルヴィを、ギルフィが睨む。


「ね、休んでいきましょう。


 もう急がなくてもいい……」


 い……! と、今度口を押さえたのは、ギルフィである。


 アルヴィの冷たい視線。


 フレイウスは声なく虚ろに笑った。


 双子が、自分のことを心配してくれているのは分かっていた。


 涙すら出ないほどの悲嘆の胸を抱いて、フレイウスはつぶやくように言った。


「そうだな……もう急ぐ必要はなくなったんだ……


 何もかも、終わったんだ……」


 懐深ふところふかく大事に仕舞しまった銀の飾り紐に、革鎧の上からフレイウスの手がそっと当てられる。


 (冬の山で凍えて死ぬなど、さぞや寒くて辛かったでしょう、ティリオンさま。


 ここなら寒くないですか?


 どうやって厳しい冬を越されたのかは、ずっと心配しておりました。


 その心配が現実になってしまった……そんな終わり方をさせてしまったのは、すべて私の責任です。


 必ずおまもりすると誓ったのに、本当に申し訳ありません。


 ご遺骸いがいを見つけ、アテナイにお運びして、手厚くほうむらせていただいたら、私もすぐおそばにいきます。


 待っていてください)


 3人は、木の橋の真ん中の壊れている部分を馬で飛び越えて、村に向かった。



――――――――――――――――*



人物紹介


● フレイウス(25歳)……アテナイ使節団、警護隊長。『アテナイの氷の剣士』と異名をとる、剣の達人。ティリオンの『第一の近臣』


 ティリオンを保護するために追っているが、ティリオンのほうは、フレイウスが処刑をするために追ってきている、と誤解している。


● ギルフィとアルヴィ(18歳)……双子でフレイウスの部下。アテナイ軍士官。

 アテナイではティリオンの近臣だった。

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