第十四章 氷の剣士
氷の剣士 1
クレオンブロトス王は不運だった。
彼が途中で出会うことを望んでいたアテナイ使節団が、フレイウスによって、通常では考えられないほどジグザグに、大きく
その理由はもちろん、ティリオンの捜索をしていたから、である。
こうしてクレオンブロトス王は、アテナイ使節団に出合うことなく、デルポイへの道を
一方、長旅で
彼の捜すティリオンは、スパルタ領内に入ってからもよほど警戒して行動を続けていたらしく、手がかりらしい手がかりを全く残していかなかったからだ。
眉間に皺を刻み、フレイウスは思った。
(あの時、テオドリアスさまがティリオンさまの願いを入れて、医学アカデミーに通うことをお許しになったものだから、あのかたの頭には野草や薬草の知識が一杯だ。
人里に降りなくても山に潜んで、長いあいだ
だからあの時、私は反対したのに)
そんな思考を振り払おうと、首を振るフレイウス。
金の飾り
(いかん。
こんな、今さら
気をつけねば)
切れ長の
馬も人も疲れ切っていて、平均年齢の高い使節団の者たちは、目のまわりに黒い
その様子を見ても、フレイウスの心はどうしてもティリオンの方に向いてしまう。
(追う我々がこれだけ疲労しているということは、追われるあのかたの疲労はもっともっと、
お体に大事なければいいが。
結局、海にも港にも出て来られず、人里にも全く痕跡がないとすると、厳しい冬をどう過ごされたのだろう。
このあたりの山は雪も深く、さぞ寒かっただろうに……)
そのままフレイウスは、ティリオンと初めて会った日のこと、そしてふたりで過ごした日々のことを思い出していた。
◆◆◆
冬のその日、13歳のフレイウスは、軍学校からオレステス
民主制国家アテナイでは、軍事国家スパルタのように、一般の市民が一生を軍人として過ごすことはなかった。
が、ペロポネソス戦争でスパルタに大敗してからは、『 戦時にのみ緊急招集する一般市民兵と、奴隷と傭兵の寄せ集め軍隊 』のもろさへの反省から、軍制の改革が行われていた。
常備軍が設置されるようになり、軍人を養成する軍学校も設立された。
フレイウスは7歳から、その軍学校で軍人としての特殊訓練と教育を受けている。
夏季休暇と祭事・葬事以外はずっと寄宿舎生活で、オレステスの屋敷に帰るのは、久しぶりだった。
アテナイ将軍オレステスは、フレイウスの養父でもあった。
屋敷に着いて、召使いたちが並んで頭を下げる玄関広間まで、オレステス自身が出迎えにきてくれたことに少し驚きながら、フレイウスは姿勢を正して胸に
「フレイウス、お呼びにより参上いたしました、オレステス
上質の綾織りの長衣をすっきりと
「お帰り、フレイウス。
久しぶりだな。
教官に、外泊の許可はもらってきたか?」
「はい、
「ならば結構だ。
では上着と剣を預けてから、こちらへ」
召使いのひとりに上着の冬のマントと剣を預けてから、通されたのは、趣味の良い高級調度品が程よく置かれ、落ち着いた雰囲気のある応接室。
暖炉が焚かれ、暖かい居心地のいい温度が保たれている。
フレイウスくらいの年齢と身分の者には、まず使われないその部屋に通された上、召使いにオレステスが
出迎えの時のにこやかさとは裏腹に、この様子では、よほど重大な話があるのだとわかったからだ。
とりあえず軍学校支給の自分の服と革の
軍学校で身だしなみを教育されていることもあるが、きれい好きの養父をよく知っているからだった。
華麗な植物文様の透かし彫りの、木製の応接セットの椅子に、まずオレステスが座った。
手のひらで向かいに座るよう促され、きちんと折り目正しくフレイウスも座った。
膝に手を置いて座っているオレステスが、言う。
「緊張しているようだな。
まあこれから話す事は、緊張せずともよい、とは言えない話ではある。
しかし、
「? はい、父上」
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