第九章 書簡到着

書簡到着 1 *

 冬が始まったばかりなのに、今年はもう雪が降った。


 円柱の廊下に囲まれた、スパルタ・アギス王宮の中庭。


 かわいい毛皮の服をまとったアフロディアは、きゃっきゃと嬉しそうな笑い声をあげながら、雪ダルマを作っている。


 そのとなりでは、毛皮の上着ポケットに怪我をした左手を入れ、右手だけで手伝いをしているティリオンの姿があった。


 ふたりは幸せそうに笑いあい、毛皮の手袋をはめた手でせっせと雪を集めては、雪ダルマを大きく成長させていた。


 エーゲ海に面するアテナイなどと違い、ラコニア地方の内陸に位置するスパルタでは、しばしば積もる程の雪が降ったのである。


 そして、ふたりから少し離れた石像の台座の端には、冬服のクラディウスが仏頂面ぶっちょうづらをして座っていた。


 立てた片膝にひじを乗せ頬杖ほおづえをついて、いかにも面白くなさそうにはしゃぐふたりを眺めている。


 このところ、三人はずっと行動を共にしていた。


 護衛、兼、遊び相手として、アフロディアについているよう命令をうけたクラディウスは、彼女の後をついてまわらねばならなかったし、アフロディアの方はティリオンから片時も離れなかったからである。


 あの毒薬事件から後、クラディウスは結局、ティリオンがアテナイ人であることをクレオンブロトス王に言っていない。


 ティリオンに命を救われたことで、義理堅ぎりがたいクラディウスは恩義を感じてしまっていたのである。


 また、アフロディアがいつもそばにいて目を光らせているので、言いだすチャンスもなかった。


 それに……とクラディウスは考えた。


 (あいつは、まあ、それほど悪い奴じゃなさそうだしな)


 ここしばらく一緒に過ごしてみて、クラディウスの公平な判断力は、ティリオンの人柄の良さを認めはじめていた。


 優しく穏やかでひかえめなティリオンを、恋敵こいがたきでもありながら、もともと素直なクラディウスは、どうにも憎みきれなくなってしまったのである。


 胸に渦巻く複雑な感情の整理がつきかね、ぼんやりとしていたクラディウスの皮革製ひかくせい長靴ちょうかの足に、雪玉がぴしゃっ、と当たった。


 アフロディアのご機嫌な声。


「おーい、いつまでそんなむくれた顔をしてるんだ?


 こっちで一緒に遊ぼう!」


 雪玉を左腕一杯に抱えたアフロディアが、手を振っている。


 その横には、にこにこと微笑んでいるティリオン。


 元気いっぱいの笑顔でアフロディア姫は叫んだ。


「雪玉遊びをするぞ!


 ティルは片手が完全に治ってないから、ちょっぴり容赦ありだが、おまえには容赦なしで戦うぞ。


 正々堂々とかかってこい、クラディ。えいっ!」


 かけ声とともに飛んできた雪玉は、今度は赤いバンダナを巻いたクラディウスの額を直撃して、砕けた。


 ぷるぷると頭を振って、犬のように雪を払い落とすクラディウス。


 アフロディアとティリオンが、誘うような笑い声を上げる。


「よーし!」


 頬を紅潮させて、クラディウスは石像の台座を滑りおりた。


 次々と飛んでくる雪玉をかわしながら、雪をかき集める。


 間もなく中庭に、3人の大きな笑い声が響きわたった。



――――――――――――――――*



人物紹介


● ティリオン(18歳)……自分の父親の将軍長アテナイ・ストラデゴスを斬る、という大事件を起こし、アテナイ軍から逃げている、美貌の青年。

 複雑な生い立ち、背景を持っている。アフロディア姫の恋人。


 姫と共謀し、アテナイ人であることを隠して、現在、楽士としてアギス王宮にいる。


● アフロディア姫(15歳)……二王制軍事国家スパルタの、アギス王家の王女。クレオンブロトス王の妹で、じゃじゃ馬姫。ティリオンの恋人。


● クラディウス(18歳)……カーギル近衛隊長の弟。アフロディア姫の幼馴染。

 密かにアフロディア姫を愛している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る