04 白い艦隊

 南昌は八十五日間の長きにわたり、陳友諒の猛攻に耐えた。

「くそっ」

 陳友諒とて無能ではない。雨天を待って大攻勢をかけてみたが、それでも矢の雨が降り、手痛い反撃を受けた。

 そうこうするうちに朱元璋が来るという情報が入った。

 将兵は戦々恐々とした。

「そんなことは分かっている。何を怯えている?」

 陳友諒は甲板を蹴った。

 あの江東橋での敗北が響いている。

 陳友諒本人はそうでなくとも、怯えているのだ。

「また、背後から」と。

 巨艦の艦隊だけあって、破壊力こそあるが、その動きは緩慢。

 その隙を衝かれたら、と考えてしまうのだ。

「…………」

 陳友諒は胥吏、そして兵卒からたたき上げで、大漢の皇帝にまでのし上がって来た。

 だから分かる。

「この雰囲気は、うまくない」

 弟の陳友仁は言う。

「こうなったら、力押しで南昌を陥としてしまえば良いではないか」

「阿呆」

 朱元璋が、その力押しの背後を狙っていたとしたら、どうするか。

「江東橋を忘れるなよ」

 陳友仁が沈黙すると、今度は太尉たいい張定辺ちょうていへんが発言を求めた。

「陛下、それでは退きますか」

 張定辺の発言は決して怯懦きょうだによるものではない。そういう選択肢も考えるべきだ、と発言している。

 だから陳友諒もその発言をさげすまず、首を振った。

「太尉、それも無い。なぜなら朱元璋を出し抜く策があるからだ」

「それは」

 張定辺が思わず身を乗り出す。

 陳友諒はそれが少し愉快だった。

「南昌はもういい。この策なら、応天府まで一気に食える」

 陳友諒は指で北を指し示した。

「朱元璋は、急ぎ応天府に戻り、南昌まで向かってんだろう……鄱陽湖を通ってな。なら、おれたちはその出鼻をくじく」

 その頃には張定辺、そして陳友仁にも、陳友諒の意図が分かった。

「つまり、この艦隊を鄱陽湖に展開し」

「朱元璋がのこのこと鄱陽湖に入って来たところを」

「撃砕する!」

 最後の台詞は陳友諒のものであり、彼は哄笑こうしょうした。



 朱元璋の韓林児救出戦は、何も陳友諒をおびき出すためだけではない。

 韓林児を攻める張士誠に、朱元璋と戦おうとしたくないぐらいに痛めつけることにあった。

 そして目論見どおり、張士誠を撃破した朱元璋は、すぐに陳友諒への反転攻勢に出た。

「応天府へ」

 一路、応天府へと戻ると、朱元璋はすぐに劉基を呼んだ。

 劉基は慎んで答えた。

「全て、用意してございます」

「助かる」

 長江へと向かう。

 そこには。

「白い、艦隊」

 小型の、白く塗られた艦船と、そして二十万の兵。

 陳友諒の六十万の兵の三分の一だが、それが朱元璋の出せる、ぎりぎりの兵力であった。

 だが朱元璋にためらいはない。

「出陣」

 向かうは、鄱陽湖。

 朱元璋と陳友諒、最大の、そして最後の戦いの幕が上がる。

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