燃ゆる湖(うみ) ~鄱陽湖(はようこ)の戦い~
四谷軒
01 鄱陽の湖上
一三六三年三月。
鄱陽湖。
紅く塗られた巨艦が、列を連ねて
その数、数百艘。
兵六十万の大艦隊である。
率いるは、陳友諒。
元末明初の群雄であり、大漢を建て、皇帝と称していた。
「
陳友諒が命ずると、艦隊は一路、南へ。
「いつからか」
陳友諒は
「
*
元末明初という時代は、元の治政が乱れたことにより始まる。
皇帝と権臣の争い、皇統の奪い合い、天災、飢饉、疫病……募る社会不安の中、ついに乱が生じた。
それは
紅巾の乱――紅巾軍の中にも東系西系とあり、あるいは紅巾軍以外の系統の勢力もあり、中国の国内は群雄割拠という有り様になった。
その中でも、異彩を放つ二人。
それが陳友諒と朱元璋である。
陳友諒は漁師の息子として生まれたが、紅巾の乱における群雄の一人、
正確には、徐寿輝の配下にある
この功により陳友諒は天完国の兵権を手に入れた。
後は下剋上である。
「奴の頭をかち割れ」
徐寿輝の頭は、陳友諒の部下の振るう鉄槌で撃砕された。
こうして帝位を
だが。
その覇道に立ちふさがる、もう一人の雄がいた。
その男は
しかし、寺を元によって焼かれ、元を倒すことを決意、紅巾軍に身を投じた。
やがて紅巾軍の中で頭角を現し、彼は名を変える。
朱元璋――と。
*
当時、朱元璋は応天府を手中にし、ようやく自らの拠点を持ったところだが、それにより、陳友諒と、平江路の
軍師の
「先生、小生は陳友諒と張士誠という二つの大国に挟まれております。小生は
劉基は答えた。
「陳友諒を攻めるべき」
「何故」
「張士誠。以前は元に降っていたが、今頃になって元の威を
要は、主体性の無い人物だという。
「片や、陳友諒。上官を殺して兵を得て帝位を。これは危ない」
その姿勢ゆえに、侵略の魔手を伸ばすだろう。
それが。
「この応天府か」
「陳友諒、存外智恵が回る。元と戦うほど無謀ではない」
「先に小生を食ってしまおうというワケか」
朱元璋も朱元璋で、身を寄せた紅巾軍の
「同じ穴の
朱元璋は考える。
陳友諒としては、朱元璋を食いたい。
丸呑みに。
「むしろ、張士誠との対決が本番」
劉基の言わんとするところが分かってきた。
「ふむ。陳友諒は小生を丸呑みに迫る。そこを」
「さよう。だが、この陳友諒を釣りあげるには、相応の餌が」
餌。
陳友諒が、朱元璋の勢力を丸呑みするとしたら、何を狙う。
「裏切り」
「それには、手土産が必要」
考えろ。
自分が陳友諒なら、何を狙う。
「手土産……」
そこで閃いた。
奴は食いたい。
応天府を。
「応天府の弱点か」
「いかにも」
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