第54話 終焉

 俺は悪魔を睨んだ。

「グるるるるッ……!」

 悪魔がうなり声を上げ、俺を睨み返す。


「貴様ら、よくもここまでやりおったな。恭一の絶望と欲望を煽り立て、互いに殺し合いをさせるところまで来たものを……もう少しで人間どもの死骸の山を築き、大悪魔へとなれたものを……」

 悪魔はすっかり萎んでしまった体をよろめかせながら立ち上がった。


「全く相変わらず勝手なことばかり言ってるぜ」

「本当だな」

 俺は虎徹の言葉に笑った。


「やれるか? 竜一」

 虎徹が俺を見上げて訊いた。


「ああ、もちろんだ」

 頷くと同時に、虎徹の魂が光の粒子となって俺の体に戻ってきた。


「貴様ら……呪ってやるぞ。全員を地獄の底へと引きずり落とし、魂の最後の欠片まですり潰し、地獄の亡者どもに食らわせてやるッ。必ずや永劫の苦しみを与えるぞ……」

 悪魔は俺たちを恫喝し、呪詛の声を上げた。


「「しつこいぜ!」」

 俺と虎徹は同時にきっぱりと言い切った。


「「今さら、そんな脅しが何になると思っているんだ。俺は/オレたちは、絶対にお前を許さない!」」

 俺の両目が、青と緑に光り、右腕のブレスレットの石が金色に光った。体から気勢が吹き上がり、リーゼントが逆立つ。


 母さん、幸、由里子――

 そして、浩二、大、一哉、健介、メンバーのみんな――


 俺は万感の思いを込め、拳を握りしめた。

 ミシ、ミシッと拳の骨が鳴る。


 ルイが俺の横に並んだ。そこに、あの邪霊と悪魔に捕まっていた二人の男の魂も並んだ。

「一緒にやるか?」

 俺の問いにルイと二人の男が頷く。


「俺たちも一緒だ!!」

 大と一哉、そして浩二や仲間たち。スカル・バンディッドのメンバーも俺の横に並んだ。


 いつしか、俺たちの周りを大きな金色こんじきの光が覆っていた。


「いいか!? 行くぜっ!!」

「おうっ!!」


 悪魔に渾身の力を込めた右ストレートをぶち込む。

 一斉に、周りの皆も拳を打ち出した。

 皆の思いが大きな光の奔流となり、俺の拳に乗って一直線に悪魔に突き刺さった。


 悪魔は何かを言おうとしたのかもしれない。だが、大きく開いた口は断末魔の悲鳴さえ上げることはなかった。

 光の奔流に包まれ、散り散りになって消えていく。


 完全に消えたのを確認すると、俺は大きく息を吐いた。

 ダイナマイトで開いたはずの地獄の穴も、ただの黒焦げた穴へと戻っていた。


 警官隊が踏み込んできた。

 消防隊も一緒だった。


 大勢の足音が響く床に、俺は倒れた。体も頭も疲れ果てていて何も考えられなかった。


 やがて、横にルイがやってきてしゃがんだ。

 俺の体を一瞬撫でると、

「ボロボロだな」と言って笑った。


「ふん」

 俺は意地を張って上半身を起こし、ルイを見た。


「私はこれで消えるが、最後に神からプレゼントだ。神はふだんから忙しくてな。一つの地域のいざこざにまでは中々手が回らないのだが、今回は本当に危なかった。感謝してるとのことだ」


「プレゼントって何のことだ?」


 俺が言うと、

「にゃあん」

 と鳴いて虎徹が走って行くのが見えた。


 そして、虎徹は幸の腕の中へと駆け込んだ。


「生き返ったってことか?」

「ああ。特別だ」

 ルイが笑った。


「マジか」

 俺は顔を手で覆い、少しだけ涙を流しながら笑った。


 ――と、その時。

 突然、誰かが隣に立った。


「よくやったな……」

「え?」


 傍らに立った男はたくましい手で、俺の頭を撫でた。バイクのオイルとガソリン、そしてたばこと整髪料が混じったような匂いがする。なんとも言えない懐かしい匂いだった。


 俺は男の方を見ることができずに震えた。


「バイクの調子はどうだ?」

 男が言った。懐かしい声だった。


「すげえいいよ」

「そうか……気に入っているか?」


「ああ、大事な相棒だ」

「そうか。それは、よかった。ところで、母さんと幸のことだが……」


「うん」

「一緒に暮らせとは言わない……だが、よろしく頼む」


「ああ、分かってる。任してくれ」

 俺はそう言って、隣を見た。


 死んだはずの父さんが、光に包まれて笑っていた。

「こうやって、もう一度お前と話せるなんてな。たぶんルール破りなんだろうが、お前が頑張ったからということらしい……」


 父さんはそう言いながら、俺の右手を握って引き起こした。

「うん……」

 そう応えた俺の目はもう涙で一杯で、何も見えなかった。


「ずっと心配だった。だが、立派な男になったな」

 父さんはそう言うと、俺を抱きしめた。


 どれくらいそうしていたのか……。


「竜一! 父さんが、父さんが、私のところに来たの……」

「ああ、俺のところにも来た」

 母親が抱きついてきた。その時には、もう父さんはどこにもいなかった。


 すぐ隣で由里子が泣いていた。その隣には虎徹を抱いた幸がいた。


「竜一!」

「竜一くん!」

 皆が駆け寄ってきた。


 周りを見ると、遙か向こうにゆっくりと去って行くルイが見えた。ルイは背中をこちらに向けたまま、右手を挙げていた。


 俺が右手を挙げると、一瞬横顔が見え、その顔は笑っているように見えた。


 それが、俺が最後に見たルイの姿だった。

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