第50話 地獄の穴(2)
ダイナマイトを巻き付けられた黒田の目には、恭一の熱狂的な目つきと違って全く意思の光が見えなかった。口からは涎が垂れ、足下はふらふらとしている。意識があるのかさえ定かではないが、少なくともこの場から逃げ出したり、俺たちの説得に応じるような感じはしなかった。
「悪魔ビゼムよ……。いつまでも、その男に隠れておらず、出てきてはどうなのか?」
幸を人質に取られ、動くに動けない俺の横でルイが言った。
一瞬の静寂。
そして、
「ふははははは……」地獄から響くような低い笑い声が響いた。
「ビゼムが俺の中に隠れているだって!?」
恭一が言った。
「くくくく、グはははは……」
恭一の目が、口が、引きちぎられそうなくらいに大きく開き、皮膚が敗れて血が流れている。
「俺は――我は、一心同体よ。もとより、隠れてなどおらぬわ……」
別々の二人が同時に話しているかのような声――
一気に周囲の温度が下がり冷気が辺りに漂った。
ミシ、ミシッ
と、
恭一の額の両端から血を流しながら、二本の角が伸びていく。
みるみるうちに顔に太く短い毛がびっしりと生え、長い犬歯が口からはみ出すほどに伸びてくる。
そして、変化した恭一に重なるように、
巨大な爬虫類のような手に変化したため、持てなくなったのか、日本刀もサブマシンガンも下に落ちて、床を滑った。
ガン、ガン、ガラン……
硬質な金属音が響く。
フード・コートはしんと静まり返っていた。あまりの出来事に、そこにいる大勢の人間が声も出せず、身動きすることも忘れていたのだ。
悪魔のように変化した恭一の姿を見て震える幸に、俺は身振り手振りで、落ち着くように指示をした。目を見て頷くと、幸も泣きそうな顔で応える。
「以前の我と一緒だと思うなっ!!」
悪魔が禍々しい声で叫んだ。
その声は、悪魔から吹き出す強烈な瘴気と相まって、フロアの人々の脳に直接響き渡った。辺りに異臭が充満し、床に向かって胃の内容物を吐き出す者が続出する。
「ふうむ……」
ルイはそんな中、一人何事もないかのように悪魔に向かって平然と近づくと、
「やはり、ここで反転魔法陣を完成させようとしているのか?」と訊いた。
「ふふふ。さすがは死神だな。だが、もう止めようはないぞ。この、黒田のダイナマイトを爆発させれば完成するのだからな……」
悪魔が
「結局お前たちは、我の企みを止めることはできぬのだ。その無力感もこの魔法陣の糧となる」
悪魔はそう言うと、右手の人差し指を伸ばし俺とルイに向けた。
ゴウッ!
空気を焦がしながら、黒い気の弾が飛んできた。あのアパートの時より、スピードも早く、気の弾自体も大きい。
「避けるんだっ!!」
俺は叫びながら床に転がった。目の端にルイも伏せるのがうつる。
気の弾は、逃げ遅れた一般人をなぎ倒しながら壁に当たり、轟音を立てた。明らかに悪魔の力は増している。
「ふははは……。今の生け贄だけでこの威力だ。俺はここで闇の王となる。そして神々に匹敵する力を得るのだ。さあっ。火を付けろっ!!」
悪魔は、笑って横に立つ黒田の肩を叩いた。
黒田が、のろのろと導火線に火をつける。
火花を散らして導火線が燃えていく。あっという間に、導火線は短くなり今にも爆発しそうだった。
悪魔が黒田の方を向いている隙に、俺は幸を取り上げるように引き寄せ距離を取った。
爆弾の方に気が向いていた悪魔にとって、幸のことはもはやどうでもよかったのだろう。幸をあっさりと助け出した俺は、一緒に走った。
「皆、伏せろおっ!!」
叫びながら、床へ飛び出すように幸に覆い被さる。
その瞬間――
目の前にオレンジ色の爆炎が光った。
一瞬遅れ、
耳をつんざくような轟音が響き、建物全体がギシギシと震えた。
だが、おかしなことに爆風はほとんど来なかった。
気がつくと、真っ黒な煙と火薬の匂いが辺りに充満していた。
次第に煙が晴れていく。
すると、黒田がいたいはずのところにルイの真っ黒なコートがボロボロになって落ちているのが見えた。
「また、邪魔をしおったな。死神め……だが、無駄なことだ。既に地獄の穴は開いたぞ」
悪魔が笑った。
コートが落ちている場所からひゅう、ひゅうという乾いた風の音が聞こえてきた。
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