第48話 フード・コート(2)

「お前ら、学校はどうしたんだ?」

 俺が間の抜けた質問をすると、

「ばかっ! ばか兄貴っ!!」

 と、叫んで幸が飛びついてきた。


 その瞬間、体が“びびびっ!!”と震えた。

 なぜ、そんな風になったのか分からなかったが、俺は反射的に幸の頭を撫でた。


「今日、さっちゃんの学校は創立記念日で休みなの。竜くんのお見舞いに持っていくものを買いに来たのよ」

 そう言った由里子の目からは、涙が流れていた。


「何でなの? 体は大丈夫なの? 病院にはいなくていいの?」

 由里子は俺に質問を浴びせながら、涙が止まらなくなり、しまいには泣きじゃくった。近寄ってきて額を俺の左肩に寄せる。


 俺は幸を右腕で抱えたまま、由里子を左腕で抱きしめた。その体はとめどなく震えていた。


「すまない。今、詳しく説明している暇はないんだ。だが、ここは本当にヤバイことになる。俺たちはそれを止めに来たんだ」


「それって、危ないことでしょ?」

 由里子は俺の胸を手で押して顔を離すと、俺の目を見ながら言った。その目からは涙が溢れるように流れていた。


「ああ。だが、やらなきゃいけない。俺たちじゃないと止められないんだ」

「ひょっとして、化け物みたいな男に関係する?」


「え。なんでだ……?」

「昨日の夜。変な化け物みたいな男に襲われたの。ビゼムが何とかって言っていたわ」


「マジか……それで無事だったのか? そいつをどうした?」

「うん。そいつにいたずらされそうになって……なんか、よく分かんないんだけど、やっつけちゃった」


「え。ホントか?」

「うん」

 俺が驚いて訊くと、由里子は恥ずかしそうに頷いた。


「さすがだな」

 俺はほっと息を吐いて、由里子の頭を撫でた。


「だが、今日の敵はそんなものじゃ済まないんだ」

「私を襲った奴の仲間が、竜くんたちの敵なの?」

 由里子が、涙を拭きながら訊いた。


「ああ。そうだ。この街を、俺たちの仲間を……この街を壊す敵だ。俺たちがやらないとみんな大変なことになる」

 俺は由里子の目を見て頷いた。


「さっちゃん。竜くんを行かせてあげて……」

 由里子が静かに言って、俺に抱きついたままの幸の肩に手を置いた。覚悟を決めたような表情だった。


「だって……」

「今は信じよう。お兄ちゃんのこと。ね」

 幸は何も言わず、首を振って嫌々しながら俺を見て、由里子を見た。


「お兄ちゃんがやらなきゃいけないって言ってることの邪魔はできないよ。この街を守るためって言ってるのよ」

 由里子がそう言うと、幸は何かに気づいたような顔になり、下を向いた。


 俺は幸を説得してくれている由里子に心の中で謝り、礼を言った。

 苦労して幸を引き剥がすと、由里子と母さんに頭を下げる。詳しいことを説明できないことが辛く堪らない。


「由里子、幸、母さん。今はできるだけ早く、ここから逃げてくれ!!」

「分かった。でも、無茶だけはしはないでね……」

 由里子はそう言うと、母さんと二人で幸を抱えてフードコートの外へと逃げていった。


 その後ろ姿を眺めていた俺は、半ば無理矢理、フードコートの方へと目を戻した。


(おい竜一……)

「ん?」

 頭の中で突然、虎徹が語りかけてきた。


「マジかっ! お前、死んだはずじゃないのか!? 俺の中にいたのか?」

 俺は驚いて、訊ねた。


(どうも、そうらしい……今ので目が覚めた)

「今のって?」


(お前の妹が抱きついてきただろ。オレ大変なことに気がついたんだ……)

「何に気がついたんだ?」


(いや、お前さ、オレが子猫の時のこと覚えてない?)

「は?」


(俺に優しくしてくれた飼い主のさっちゃん……て、お前の妹だぞ)

「あーっ!!」

 思わず驚きの声を上げる。


「そうか、幸が拾ってきたあの猫か。確かにその左右色の違う目とか、顔の白い斑は見覚えがあるぜ。なんで、今の今まで、頭の中で結びつかなかったんだろうな……」


(さっちゃんと違って、お前はあんまりオレに構わなかったからじゃないか?)

「そうか……。だけど、お前、途中でいなくなったじゃないか。幸もずいぶん探したんだぞ」


(いや、前にも言っただろ。トラックの荷台に乗り込んじゃって、道に迷って戻れなくなっただけでさ。オレもあの時は子どもだったんだ)


「で、そのうち野良として自立しちまったってことか?」

(まあ、そういうことさ……)


「ふふっ」

 俺は微笑んだ。

(どうした?)


「いや。お前が俺の心の中でいた。あの世に行ったわけじゃなかった。それだけで半端はんぱなく心強いのさ。俺たちはコンビだろ?」

(だな)

 虎徹が笑った。


「竜一っ! 何をぼうっとしてるんだ。早く続けるぞ!!」

 大に突然、背中を小突かれ我に返る。


「す、すまん」

 俺は虎徹とのやりとりを無理矢理打ち切ると、


「ここには爆弾が仕掛けられてる!! みんな、逃げろっ!!!!」

 と、大声で叫んだ。


 そして、また邪霊憑きを指さしながら走り始めた。

 ルイと頃合いを見て叫ぶように打ち合わせておいたのだ。向こうで、ルイも俺たちと同じように叫んでいる。


 徐々に皆の逃げる足音が響きはじめ、悲鳴のような声も混じる。フード・コート全体が騒然とし始めたとき、警察官が二人、走り込んできた。


 それが、引き金となって、一般人がいっせいにフード・コートから逃げ始めた。

 俺は、たくさんの人が逃げ出す様子に、安堵していた。これで奴らを塩で倒していけば、終わるかもしれない。


 そう思った次の瞬間、唐突に

 パン、パンッ

 と、乾いた音が鳴った。


 俺の後ろでくぐもった声がして誰かが倒れた。

 何が起こったのか、後ろを確認するのが怖かったが、俺は無理矢理振り返った。


 大が右肩から血を流して倒れているのが見えた。

「だいっ!?」

「こっちはいいから、任せろ」

 一哉が駆け寄り、傷口を押さえる。


「心配するな」

 大が力のこもった目で俺を見た。

 俺は再び前を向いた。


 すると、目つきのおかしい男が拳銃を手に、俺を睨みつけていた。

「お前、緋村兄弟の弟だろ!?」

 俺は見覚えのある男に向かって叫んだ。


 男は質問を無視し、無言で右手に持った拳銃を俺に向けた。

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