第36話 スカル・バンディッド(1)

 俺は病院を出ると、大銀杏の根元の祠に立ち寄った。充電が切れたスマホと充電器の入ったビニール袋を取ると、アパートへと向かう。


 植木鉢に隠してあった鍵を取ると、アパートの中に入る。

 ほんの少しの間だけ留守にしていたつもりだったが、埃が舞い、カビの匂いも少しした。


 ゆっくりしている暇はなかったが、スマホの充電をしながら、一旦、窓を開け放った。充電中、空気を入れ換えようと考えたのだ。


 そして、机の引き出しからバイクのスペアキーを取った。運転していたときの鍵はバイクと一緒に実家にあるはずだった。


 俺はスマホの充電が終わるまでの間、壁に何枚か貼り付けてあるメンバーの写真を眺め、これからのことを考えた。


 この前のガレージでの様子から考えると、メンバーたちもブラック・マンバをこのままにしておいていいと思っていないだろう。だが、まずは状況を正確に把握することから始めなくてはいけない。そして、虎徹が望んでいたようにスカル・バンディッドを動かし、悪魔の企みを潰すのだ。


 悪魔の目的は、ルイが言っていたように自分の力の復活と強化なのだろう。じゃあ、その方法はどういうことを考えているのか。ルイは、悪魔はさらに生け贄を望んでいるとも言った。そのためにブラック・マンバとスカル・バンディッドの抗争を利用しようとしているとも。それが本当なら、何とかして悪魔を引きずり出し、タイマンに持ち込むのが最も得策のような気がするが――


 考え込んでいると、メッセージアプリが鳴った。スカル・バンディッドのグループメッセージだった。


「発信元は大。ガレージに三十分後に集合か……ちょうどいい」

 俺はそう呟いてキッチンまで歩いた。そして、コップに水を汲むと、一気に飲み干した。



 皆が集まってからしばらくして着くように、俺は時間を調整してアパートを出た。


 一瞬、バイクを取りに実家に行こうかという考えもよぎったが、やめておいた。今の時間だと、母さんや幸に会ってしまうかもしれないからだ。必要なら、タイミングを見てまた取りに行けばいい。


 街を歩いていると、至る所を邪霊に憑かれた人間が歩いていることに気づいた。虎徹の力が俺にも移っているのか、はっきりとその邪悪な姿が見えた。


「とんでもないな。増えているくらいだ……」

 独り言を呟き、俺は先を急いだ。やはり、かなり危ない状況なのだと思うと、気持ちが焦った。


 三十分も歩くと、街の外れにあるガレージが見えてきた。

 俺はシャッターの横にある入り口から、ドアを開けて中に入っていった。


 大きなタイヤや自動車のホイールが積み上げられた奥のスペースで、浩二と大、一哉、健介の四人がいた。虎徹の姿で行ったときにはいた他の六人はいない。


 じゃりっという足音に気づいたメンバーが俺の方を見て、一瞬呆けたような顔になった。人間、想像もしないことが起きると、こんな表情になるのかもしれない。


「竜一くん……」

 浩二が呟き、


「大丈夫か?」

 大が駆けつけ、俺の肩を叩いた。


「ああ。すっかり大丈夫だ。皆、すまなかった」

 俺は頭を下げた。


「馬鹿。なんで謝るんだよ。それより、体は本当に大丈夫なのか? 病院を抜け出してきたんだろう?」


「そんなこと、するわけないだろ。ちゃんと退院してきたのさ」

 心配する大に、俺はとっさに嘘をついた。


「いつ起きたんだ?」

「実は、今日、目が覚めたばかりなんだ。病院の先生も俺の体の頑丈さに驚いていたぜ。それよりも、俺がいない間、ブラック・マンバと大変なことになっちまったみたいだな……。他のメンバーはどうなっているんだ?」


「どれくらい知ってる?」

「ニュースでやってることくらいだな」


「そうか……」

 大が眉根に皺を寄せ、首を振った。


「メンバーのうち、大丈夫なのはここにいる奴のほかは六人だけだ」

 一哉が言った。


「あの喧嘩で入院しちまった奴もいるし、ブルって家に隠れちまっている奴もいるんだ。それで、とりあえず幹部だけ集まって、これからどうするか相談してたとこなんだ」


 俺が腕を組んで考え込んでいると、

「竜一くん、すまない。俺の立てた作戦でチームはブラック・マンバに負けたんだ。今になって考えると、なんであんな無茶な計画を立ててしまったのか……本当にごめん」

 浩二が、俺の前まで出てきて頭を下げた。


「大や一哉も、結果的には賛成したんだろう。それなら浩二だけのせいじゃないさ。だが、なぜブラック・マンバと喧嘩になったんだ?」


「奴ら、汚いことばかりやるんだ。うちのチームのメンバーが一人でいるところを拉致ってボコすなんてのは当たり前で、家族に手を出された奴までいる。それに一番問題なのは、奴らがやっている麻薬取引だ」

「麻薬? 昔から噂はあったが、やっぱりか?」


「ああ。うちのメンバーの妹が持っていた。友だちの間で流行はやってて、ブラック・マンバの奴らが売ってるらしい」

「その妹っていうのは、幾つなんだ?」


「十六歳。高校一年生だ」

「そいつは許せないな……」

 俺はため息をつくと、頭を振った。


「浩二、喧嘩をしたこと自体は謝る必要なんかない。俺がいてもやってたさ。ただ、作戦ミスはいただけないがな」

「うっす……」

 浩二は下を向いて頷いた。


「それじゃあ、喧嘩をしたときの様子をもう少し詳しく教えてくれ。ブラック・マンバの頭は緋村ひむら兄弟だったな」


 オレは緋村兄弟の顔を思い出しながら、そう口にした。

 街中で弟とは一度喧嘩になりかけたし、その際、兄貴にも会っている。

 ブラック・マンバのメンバーの一人が、女にしつこくしてるところを見とがめ止めたところ、喧嘩になったのだった。


 殴りかかってきたのを避け、足をかけて派手に転ばしたところで、弟が絡んできたのだ。その際はそばにいた兄貴が喧嘩になりそうなところを止めたのだが、粘着質な目つきが記憶に深く残っていた。


 兄貴は、狡猾で警察に捕まるようなへまはしないが、道徳感覚が先天的に欠落しているような奴だというもっぱらの噂だった。あのとき、弟との喧嘩を止めたのも単純に自分たちに利がないと判断したからだろう。

 その後も、メンバー間では何度かニアミスはあったし、小競り合いも起こった。だが、リーダーの緋村恭一と実際の喧嘩に至ったことは、なぜか一度も無かった。


 俺が倒れた後に何が起こったのか、確かめる必要があった。


 話の内容をまとめると、次のようなことだった。

 ここ最近、俺が事故で倒れた後、ブラック・マンバと小競り合いのような抗争が何度も起こった。俺が倒れたことでちょっかいを出しやすくなったせいじゃないかとは大の見解だった。


 それに浩二の説明にあった麻薬の問題。メンバーの周りにも被害が出ているとあって、ブラック・マンバに対するこちら側の怒りは爆発寸前になっていたらしい。そして、昨日――ついに、奴らを港の埠頭に呼び出して決闘することになったんだそうだ。


 決戦当日は、バイクを持っていないメンバーはニケツして、総勢四十名で埠頭に向かったらしい。こっちの作戦はバイクの機動力を生かして、鉄パイプや木刀、金属バットなんかで打ち倒して回る。そんな考えだったらしい。とにかく早く緋村兄弟を探し出して、速効でやっちまおうという作戦とも言えない単純すぎる考えだった。


 そして、約束の時間に埠頭に行ったのだが、誰もいなかった。大声で出てこいと叫んだ途端に、周りから強力なライトで照らされ、石を投げられた。その最初の一撃で、メンバーのかなりの数が怪我をした。中にはかなりの出血をした者までいた。


 その後、大量のブラック・マンバのメンバーが一斉に現れ、散り散りになったメンバーは個別にボコられたそうだ。敵はこっちの二倍はいたそうだが、その中には相当数の一般人も混じっていたそうだ。


 スカル・バンディッド側も、喧嘩の強い奴らは簡単にはやられなかったが、相手は殴っても、殴っても、倒れない。あまりのタフさにこちらの心が折れそうになってきたところ、パトカーがやってきた。それで喧嘩は一旦、終わったのだということだった。


 本当はこちらのメンバーが死ぬまでやるつもりだったんだろうと俺は思った。間違いなくブラック・マンバも一緒に襲いかかってきた一般人も、邪霊を通じて悪魔に操られているはずだった。


 俺は、話を聞き終わってメンバーの顔を見た。一人として恐怖に囚われているような表情をしている奴はいなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る