第22話 生け贄(1)
先ほどまでの邪霊の群れは、どこに消えたのか?
目の前には汚い灰色のトレーナーを着た太った男がいた。
その姿は寂しげでもの悲しく、あの狂気的な男と同一人物には思えない。
オレは男の顔を見た。
生気のない男の顔の中で、その目だけは異質だった。月も星もない夜のように漆黒の闇だったのだ。
強い吸引力が、互いに作用したかのように、オレの目が男の目に惹きつけられる。
――次の瞬間、男の感情と記憶が頭になだれ込んできた。
*
ぼくは幼い頃から、テレビアニメが大好きだった。中でも、女の子のグループが悪者と戦うシリーズや魔法使いの女の子のシリーズが好みだった。
「ねえ、ねえ。先週の魔女っ子のテレビ見た?」
「何、言ってんだよ。男はライダーとか、戦隊とかそっちだろ?」
男友だちと話していて、何となく話が合わないことに気づいたのはいつくらいだったか。確か、小学校に上がる直前のことだったと思う。
小学生から中学生へと成長するにつれ、ますます話は合わなくなっていった。おかしいとか、気持ち悪いとか言われることも多くなり、ぼくは次第に自分の殻にこもっていくようになっていった。
そのうち、アニメの専門誌や好きなアニメグッズなんかも買うようになった。小遣いを貯めて、初めて買ったフィギュアは宝物だった。年頃になっても、同学年の女の子のことを好きになることはなかった。初恋はアニメのキャラクターだったし、それを超えるような女の子に現実に会ったことはなかったのだ。それは、大人になっても変わらなかった。
そして、やはり周りには同じような趣味を持つ友だちはいなかった。だが、そんなことは、しょうがないと思っていた。趣味は人ぞれぞれだし、自分には自分の世界がある。そう思って自分を納得させていたのだった。
大人になってアパートで一人暮らしを始めた。仕事は運送業の助手のようなことをやった。体はきつかったが収入は思っていたよりも全然よかった。職場の人間関係も悪くなかったが、自分の趣味のことは黙っていた。言うと、気まずくなることが分かっていたからだった。
一人暮らしは夢のようだった。稼いだお金は自分の好きなことに使えるし、自分の趣味に文句を言われることもない。ぼくは思う存分に、自分の趣味を追求した。
ある日の仕事の帰り道――
住んでいるアパートのすぐ側で女の子を見かけた。初めて見る子だった。その子を見た途端、ぼくは背筋に電気が流れたようなショックを受けた。
「こんにちは」
女の子が頭を下げる。
「あ……、こ、こんにちは」
ぼくは慌てて挨拶を返した。心臓がどきどきして、手に持った手提げバッグを思わず落としてしまう。
小学四年生くらいの女の子は、三つ編みの二つ結びのおさげ髪で、大きな瞳が印象的だった。
赤いランドセルを背負った後ろ姿を見送りながら頭を振った。こんなことは初めてだった。女の子は長年好きだったアニメのヒロインに雰囲気がそっくりだったのだ。
まだ、心臓がドキドキしていた。
ぼくはおかしくなったのか? 自分の感情を素直に受け入れることができない。よりによって、あんな幼い女の子に恋心をいだくなんて……
現実の女の子に恋をしたのは初めてだった。
女の子の後ろ姿が見えなくなるまで、その背中を見送った。
ぼくは大きく息を吐き、そしてまた頭を振った。
日が経つにつれ、ますます恋心は大きくなっていった。
自分の中にあるのは、純粋な恋心だったが、そこから先を期待していないと自分で言い切れない。ぼくは自分を責めた。こんなことはあっていいはずがなかった。
ぼくは女の子を怖がらせないよう気をつけ、会ったときにもにこやかに挨拶をするように心がけていた。本当に付き合おうなんてこれっぽっちも思っていなかった。
それなのに、ある日を境におかしなことが起こるようになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます