お姉様、こんな狂った世界、壊してしまいましょう

桜羽麗愛

第1話

「私が、優華お姉様の変わりですか……?」

「結、あんたちょっと前に毎日退屈だって言ってたじゃない。ちょうどいい機会よ、私のかわりに試験受けてきて」

「たしかに私は見た目も変幻自在ですが、ほんとに良いのですか?粗相をしてしまうかも……」

 そう言いながらも、結は耳元のスイッチを押すと、あっという間に優華そっくりな黒髪ロングに変身した。

「あんた、さすがね。本来の金髪ショートより似合ってるんじゃないの?」

「……ありがとうございます」

「褒めてないわよ。ま、いいわ。あなたはテストさえ受けてくればいい。誰かに話しかけられても無視してたらいいから」

「……はい」

 メイクで顔まで優華そっくりに化けた結は、小さな声で呟いた。

「80%の不確定要素があります……。が、私は任務を遂行します」

 こうして結の、初めての学校が始まった。




「あら優華さん、今日はお早いのね」

 ふんわりパーマの女子が声をかけてくる。

 (お姉様は無視しなさいって言ってた……)

「……」

「まあ、高貴な優華さまは私なんか眼中にもないんですこと」

 彼女の仲間と思われる少女たちの笑い声が響く。

結は、予想外の反応に首を傾げた。

「いつもは威勢よく言い返してくるのに、今日はだんまりなのね!」

 結はAIの警告アラートを察知して、足早に教室へ向かった。

(何か変です……お姉さんは学校での話をほとんどしてくれませんでしたから、わからないことだらけです)

 教室へのドアを恐る恐る開ける。その途端、もうすでに登校している数名の生徒からの視線が集まる。

「やーい、エイのくせに!」

 優華の席は、一面汚い落書きに染まっており、一輪挿しに白い花が備えてある。

「ほら、いつもみたいに反抗しろよ!なあ?」

 頬に絆創膏を貼った快活な少年が迫ってくる。胸ぐらをつかまれて、体は傷まないのに、なんだか胸がチクチクした。



 結は思い出していた。優華が自分を救い出してくれたときのことを。

 数年前のある日、数多なる殺し合いに疲れ果て、フリーズしていた。通り過ぎる人はいたが、みな素通りしていく。この世界で戦争は、人間同士ではなく、人形のAI同士が行うようになっていたが、戦争はいつになってもよろしくないものである。つまり、戦争の道具であるAIは、忌避される存在だった。AIを擁護するものは、「エイ」と揶揄され、差別の対象となる。特に、ヒューマン派と呼ばれる過激派組織が、「エイ」やAIを排除しようと武力を用いているのだ。それにあらがう者もいるが、命の危険が及ぶため、年々減り続けており、もう数えるほどしかいないという。

 それなのに、優華は結に手を差し伸べたのだ。

「あんたにも心があるんでしょう。だって泣いているわ。一緒に行くわよ、こんなところにいてもなんにもならない」

「あなたは、私に話しかけないほうがいいです。私はAI。忌み嫌われるもの。私に関わればあなたまで不幸に……」

「あんた結構馬鹿なのねぇ、そんななこという奴ら、全員ぶちのめしてやればいいのよ!」

 長い黒髪をたなびかせて、優華はそういった。

「私は、心はよくわかりませんが、貴方に忠誠を誓います」

 ボロボロのセーラー服を、少し大きめのパーカーで隠した優華は、少し考えてから、こういった。

「じゃあ、あんたが自分の心を見つけられるまでは、私の召使になってもらいましょ。あんたがその機械の体に宿った心に気がついたとき、あんたは自分の心に従って生きて行くのよ」



「なんだよ、いつもみたいに殴りかかってこいよ」

男子が、ゆかに結を投げ落としながら叫ぶ。

「抵抗するから、いじめがいがあるのに。優華はAI差別を無くしたいんだよな、こんなんにやられててヒューマン派と闘えるわけ無いだろ!」

 ハッハッハッハッ、と心無い笑い声が教室中に響いていた。

 

 無言で席を清掃し、結は席についた。

「よし、これから国語の試験を行う。机の中は空になっているか?」

 結は目視で空になっていることを確認した。

 テスト自体は簡単だった。AIだからとも言えるが、優秀な優華なら普通に解いても満点が取れるだろう。

 ところが、事件はテスト終了後、離席して試験問題を提出した直後に起きた。

「おい、机の中に教科書が入っているぞ、カンニングじゃないか」

 結は慌てて机の中を確認する。テスト前に確認したときにはたしかに入っていなかった、国語のテキストが入っているではないか。

「わ、私は。テスト前は空になっているのをかくにんしましたが……。テストを出したときに離席したのでその際に……」

「じゃあ、これは何だ?」

 教師がテキストを取り出す

「嘘をつくなど許されんな。人のせいにするなど以ての外だ。後で生徒指導室へ来い」


 結は思った。この学校は、壊れている。生徒だけではない。教師もいじめに加担するのか……


 (心の中が、燃えるように熱い。

 お姉様、この感情はなに……?

 私は、私は……)


 ふと、優華の言葉がよみがえる

「お姉さん、私、自分の心を見つけました」

 結は耳元のスイッチを今度は1回押すと、本来の姿に戻る。周囲の驚愕の顔をよそに、結はもう一度スイッチを押した。今度は、銃と剣を装備した戦闘モードに切り替えたのだ。

「私、あなたを傷つける人を、絶対に許しません」




 これは、人間優位の世界に反旗を翻す、一人の人間とAIの絶望と絆の物語……

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