サクソウ

「私がおすすめした曲、聴いてくれた?」


 二月下旬のある日、僕と内山さんは大学の近くの居酒屋に居た。金曜日ということもあってか店内はほぼ満席だ。


「すぐに聴きましたよ」ウルフヘアの襟足を人差し指でクルクルしていた彼女に、僕はそう答えた。


 僕らの間の机には、空のジョッキが五杯、料理が半分くらい残っている皿が三枚、先ほどやって来たハイボールがそれぞれの前に置いてあった。


「おお、流石ショウちゃん。どう?良かった?」彼女は手に取ったグラスをこちらに向けながら訊ねた。


「内山さんのオススメにしては珍しい感じの曲でしたね。なんかメロウというかそんな感じの」


「そうかな、そうかも……」彼女はかけていた色のついた丸眼鏡を外し、シャツのポケットにかけた。


 なんとなく返事に困り、黙っていると、内山さんも黙ってしまい、二人の間にはしばらくの沈黙が流れた。


 その静寂を破るように、僕と同年代くらいの店員さんが僕らの席にやって来た。


「失礼いたします!唐揚げでございます!空いているお皿お下げしますね!」金髪の店員さんはそう言いながら、重ねていた空き皿をテキパキと運んで行った。

 


「そういえば、内山さん。この前の返事、聞いてませんでしたね。聞いてもいいですか?」


「それなんだけどねー、言葉にしないとダメ?」彼女は僕の目を見ながら言った。


「というと?」


「いやー、ね。なんて言えばいいんだろう……とにかく言葉にはできないかなって」そう言うと彼女はハイボールを飲み干した。


「ショウちゃんだってさ、そう思ってるんじゃない? 私たちが一緒にいるのって、んーと、例えばSNSでいいねをもらうためとかさ、誰かに認めてもらうためとかじゃないじゃん?」


「確かに言葉にするとさ、他の人と同じだとか誰々みたいだとか安心感は得られると思うよ? でもそれ、いる? なんか、私たちらしくないじゃん?」


「そうですね」僕は呻った。


 他のお客さんがちらほら帰り出し、店内は少しだけ静かになっていた。


「はい、この話はおしまい!」そう言いながら内山さんは手を二回叩き、残り一つの唐揚げに手を伸ばす。つられて僕も飲みかけのハイボールを口に運んだ。



「それでさ、続き聞かせてよ。私がおすすめした曲の感想」さっきまでの表情とは一変して笑顔になった内山さんは僕にそう訊ねた。




    ◇    




 いつも以上のお酒を飲んだ酔っ払い内山さんの代わりに会計を済ませ、僕たちは店の外に出た。


「ほら、飲みすぎですよ。お水飲みましょう」 


 真っ赤な自販機に小銭を入れ、最上段の天然水のボタンを押した。


「どうぞ」出てきた天然水の蓋を緩めてから、彼女に渡した。


「はい、ありがとう。いやーこんなに呑んだのは初めてだなあ」


 確かにそうだなと思った。少なくとも僕と一緒にいる時に、このくらい飲んだことは無かった。普段からカッコよく振る舞っているけど、僕の前でくらいはもう少し肩の力を抜いて欲しいと思っていた。今日はそんな感じだったので、少し嬉しくなった。


 店の前の道には僕たち二人しか歩いていなかったけれど、大通りに出てみると多くの人がそれぞれの方向へと歩いていた。終電はまだ先だ。


 ペットボトルの天然水を半分くらい飲み終えた彼女と手を繋ぎ、僕たちは家路に向かった。まだまだ寒さをはらんでいる風が頬を撫でるように吹いていった。

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