"Coffee gives pleasant suffering"

「そういえば、先輩に相談したいことがあるんです」



 十二月上旬のある日の放課後、駅前の喫茶店に僕と先輩は居た。店内には多くの客がいて、少し騒がしかった。僕と先輩は、よくこの喫茶店でお茶をする仲だった。



「んー。どうしたんだい?」

 向かいの席に座っている先輩は、飲みかけのマグカップを机に置き、僕に返事した。


「悩んでいることがあるんです。ここ最近、授業中にあるクラスメイトの顔をずっと目で追ってしまうんです。なんででしょうか……」


「なるほど」

 先輩は呻った。


「それじゃあ、そのクラスメイトのことに関することを詳しく話してくれない?」


 僕は、まず彼女のことについて話した。とはいえ僕は彼女ととても仲が良いわけじゃないので、他のクラスメイトが知っているのと同じくらいの情報、自己紹介の時に聞いた簡単なプロフィールや同じ部活に入ってること、教室で僕の四つ前の席に座っていることを話した。


 それから、彼女と僕の間にあった出来事について話した。先月の放課後にあったあのことを。



 僕の話を聞き終えた先輩は、湯気が出なくなっていたマグカップを口元に運び、コーヒーをすべて飲み干した。つられて僕も、自分のコーヒーを飲み干す。


「ところで、キミは恋をしたことがないんだったよね?」


「ないです。生まれてこの方したことないです。先輩、僕が年齢=彼女がいない男だってこと、知ってるじゃないですか……」

 僕は自虐気味にそう言った。



 それを聞いた先輩は、眉間にしわを寄せ、顎に指を当てながら呻りだした。先輩が考え事をしている時のポーズだ。

 それからしばらくして、先輩は口を開いた。


「それは恋じゃないかな? キミは彼女に恋しているんじゃないかな?」


 僕は驚いた。そうなのか。僕は彼女に恋していたのか。なるほど、だから目で追ってしまうのか。そうか……


「自分では一切気づかなかったのかい?」先輩は訊ねた。


 僕は無言で頷いた。


「わからなかったのか、恋心。そうか……」そう言いながら先輩は少し目を閉じた。


 僕は何も言わずに、先輩が飲み終わったマグカップを見つめていた。


「良かったよ。キミの悩んでいたことを解決できて。キミの心の本当の気持ちに気づかせることができて」そう言った先輩は窓の方を向き、遠くを見つめた。なんとなく僕も同じように、窓の外を見た


「それと同時に、すこしだけ悔やんでもいるんだ……でも、いいんだ。これで。これでよかったんだ」僕がギリギリ聞き取れるくらいの声でそう呟いた先輩は、少し晴れやかな顔をしていた。


 二人の間には、周りのお客さんの会話音と流れていたジャズミュージックのみが鳴り続けていた。

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